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女子力というクズみたいな思考からバカンス中に考えたこと。

友人の別荘にて、学校の人たちと2泊3日過ごしてきた。

フランスで初めて訪れる海。大西洋。

太平洋と日本海、ってちょっと違う感じがするけど、大西洋はどうだっただろう。

眺めながら考えていたけど、なにかピンとくる言葉を思いつくわけでもなかった。

 

少しの共同生活で、そして、バカンスの中、お酒に酔って浮かれている人々の中で

今までそこまで気にならなかったものを見た。

マイノリティーに属さない人の暴力、とでもいうのだろうか。

そういうものを垣間見た。感じた。

 

 

フランスで生活していて、いいな、と思うのは、日本で氾濫している

女らしさ、男らしさ

といったものを行動の中に人々が求めないことだ。

もちろん、完璧にそうかといえば全く違うし、ある種「身だしなみ」のようなものに異様に男女を分かつものを異様に求めているような印象を受けるけれども、少なくとも日本より、ずっとずっとマシだ。ずっとずっと、ずっと、ずっと、女性は生きやすい。

 

例えば、このお泊り会では、みんなでなんとなく担当して料理を作るけれども、たいてい女性陣が料理をし(料理する男の子ももちろんいる)、男性陣は遊んでいるか、横で眺めているかだった。要するに、作りたい人は食べたいものがあるから作るだけで、ここには女子も男子も関係ない。

そうやって料理する人たちを眺めている人たちから出てくる言葉は「ありがとう」「美味しそうだね」「何入れたの?」であって、「女子力高いね」ではない。

あ、なんだか気持ちいい、と思った。

 

そういえば、これは、演劇をやっている私たちのコミュニティに限った話かもしれないけれども、

授業中にみんなよく泣く。男女関係なく、よく泣く。

泣いても、誰も気持ち悪がらない。

 

日本にいる時、私は見事に「女らしくあらねばならない病」に侵されていた。

料理をしたら、女っぽい。

お菓子をつくったら、もっと女っぽい。

化粧をきちんとしてたら、女っぽい。

おしゃれなカフェに行くことは、女っぽい。

男性をたてることが、女の役目だ。

男の先輩が楽しければ、多少、そのセクハラじみた言葉にも耐えなければいけない。

はやく、はやく彼氏を「見つけ」なければいけない。彼氏が長年いなかったり、処女だったりすると女として可哀想だと周囲は思う。

なにか変なことを言ったら、女子をこじらせている、と言われる。

 

この超絶意味不明な意識によって、がんじがらめにされていて

大学生の私があんなに辛かったのだから(しかも辛いとはそのとき気づいていない)

男性優位の社会の日本において、男性と一緒に働く女性は、一体どんな思いをして生きているのだろうか。ここ最近つくづく考える。

 

ただ、フランスでも、女性は決して男性と対等にみられているわけではないらしい。

そのことについて女友達に訊いてみたところ、

「学校では感じないけど、外に出ればすぐに感じる。

女だから向けられている視線にすぐ気が付く」と。

話を聞いていると、性に関しては男女問わず随分奔放だなと思うけれども、やはり女性があまりに奔放すぎるとあまりよくは思われない。それに対して男性は?別にそんなことはない、らしい。

例えば、今回もお酒に酔っぱらって男の子が服を脱いだりしていたけど、それに関しても「あれを女の子がやったらただのビッチ扱いだよねー」。

などなど。

フランスでも、女性は男性より不自由であるようだ。(収入の面などでも)

 

その話の流れで出てきたなかで、関心深かったのは

「たぶん、白人の若い男でヘテロセクシャルの人は、マイノリティーの気持ちなんて考えたこともないんじゃない?」という発言。

 

実は、このブログを書こうと思ったきっかけの一つに、今回のバカンスで起こった出来事がある。

もう一つのクラスに、ひとり白人と黒人のハーフの女の子がいる。彼女の肌の色は小麦色で、顔のつくりも所謂西洋人と少し違う。

彼女に、私のクラスの男の子がお酒に酔っぱらって、言った。

「黒人でいる気分ってどうなの?」

 

吃驚した。

彼が冗談で言っているのは分かっているけど、

こんな程度の、こういう風に言えることなんだ。

こんな風に考えているんだ、と、その言葉で一気にいろんなものが見えてしまった。「嫌なんだけど」と彼女が言っても、「あー、冗談だよー!わかるでしょ?」と返すばかり。

 

きっと彼はマイノリティーの気持ちなんて考えたこともないから、

冗談で、こういうことが言えるんだと思う。

悪意はないかもしれないけど、それは言ってはいけない。

そもそもそう考えること自体、どうなんだろう、と考えてしまう。

 

彼の無意識の、悪気のない、クズな考えに私はどう反応すべきだったんだろうか。

 

私は、日本人であることを毎日のようにいじられるけれども、

それらの冗談は今回のような境界線を超えることは殆どない。

一度、超えたことがあったのだけど、私はあまりに正直だったから泣いて「それは嫌だ」と訴えた。

やり方は不器用だったけど、それによって相手も私の限界を知ることが出来たし、おそらくその時相手の想像力は少し広がったはずなのだ。

 

それでは、私みたいに泣いて大声で嫌だといえない人の気持ちは、どうなるのだろう。

 

マイノリティーの気持ちなんて想像したこともない人に対して、

どう向き合っていけばいいんだろう。

人間は、自分の想像を超えたところにあるものを、考えられるのだろうか。

そもそも想像の範囲外に誠実に向き合うことは可能か?

 

もやもやしてる。

 

私はこの国にいる限り、肌の色も、国籍も、何もかもマイノリティー。

でもそれを考えるのではなく、それだけではなくて、もっと色んなマイノリティーに私は注意を向けるべきだと思った。

マイノリティーだから、それが出来るんじゃないだろうか、と思った。

しなければならない、と思った。

 

 

「女子力」という言葉や思考回路もそもそもどこから始まったのだろうな。

なんで料理することが女らしいことなのか。

控えめにいることが女らしいことなのか。

料理をしたいからする。言いたいことは言う。行きたいところには、自分の意志で行く。そこに男も女も関係ない。

前は言えなかったけど、こういう事を今は大声で言えるのではないだろうか、と思う。

そういう強さや、変なものを疑う力が少し付いてきたのを感じるから。

 

今言いたいことを、整理して順序立てて文章にできている自信は全くない。

まだまだ頭も文章ももやもやしている。

ただ、もやもやしてるけれども、その中でも、進まなければいけない道はある。

そういう気持ちが今は強くある。