ベルギー国立演劇学校 INSAS(アンサスと読めます)の合格が決まって一週間が経った。
この一週間は、とにかくビザの更新手続きやらアパート探しやらに奔走しており(ちなみにまだアパートは見つかっていない…)、一昨日友人の家にある荷物を引き上げるためにパリに戻った。
そこで、ようやく?ふと時間が空いて、カフェに入ってお茶代を払うのも何なので、ひとりで川辺でぼーっと水面を眺めていたのだ。
ちょっと落ち着いたら、喜びでも湧き上がってくるのだろうか、
実際のところは何を感じているのだろうなあ、などと考えながら。
でも期待していた通りに心は動いてはくれはせず、やっぱり一週間経った今でも実感が沸かない。
あれ程までに夢見た国立演劇学校なのに。喉から手が出る程欲しかったのに。
どうしてだろうか。
入学コンクールの二次試験を思い出す。(一次試験の詳細はこちら→受験報告 - 近藤瑞季の足踏みの覚え書。)
演出家の二次試験は、一次試験の発表翌日にあったスタージュと、土日を挟んで、月曜に面接、そして最終日は俳優科の受験者と合わせてソロの二分間の作品を発表する、というものだった。
スタージュは、先生がひとりひとりにそれぞれ異なった短いテクストを配布し、それをくじ引きで決めた三人一組のグループになって、一人が自身のテクストを25分の準備時間を使って演出、残りの二人と共に舞台で発表する、というもの。25分という短い中で、テクストのどの要素に目を付け、どのように俳優たちに伝えていくかが重要だ。(と思った。でも実際は、あんまり考えないで、これがやりたいから、はいこれやりましょう。うんうん、そうそう。あ、そうじゃなくて、こんな感じ。みたいにやったけど)
午後は、それぞれに様々な西洋絵画のプリントを渡されて、それを元にイメージをどうつくりあげていくかというもの。古びた、言っては悪いけどダサい衣装やら小道具やらを使って、どうやって世界を広げていくのか。
途中で、何やってるんだろう、と思ってしまったのだけど(だってあんまりにも格好悪いから)
受験者の一人の子が「確かにさ、意味不明な課題だけど。でもさ、失敗するのも悪くないと思わない?」と声をかけてくれた。その一言でふと頭にのぼっていた血がひいたようだった。
失敗できるのも、確かにいい。
この一年は演劇さえまともにできなかったのだから、失敗できるだけ有難い話なのだ。
月曜日の課題は、
「自分で選んだ作品、或いは自分で書いた作品の1シーンのあなたの演出ビジョンを10分で説明しなさい」
というもの。
私が選んだのは、ドイツ人劇作家Falk Richter(ファルク・リヒター)の「Trust」という作品の一番最初のシーン。
youtubeにドイツでの公演の一部が載っていた。
土日まるまる、更に月曜の朝にかけて、友人にも手伝ってもらいながらずっとずっと準備はするものの、どうしても腑に落ちず。
ギリギリの月曜の午前中、腹をくくることにした。
「正直でいよう」と。
月曜午後、面接。
目の前には、6人の面接官。
準備した演出ビジョンをだだーと話す。(しかしまあ、よくもこんなにもフランス語で話せるようになったもんだなあ、と感心する。してもいいよね…たまには…)
そして、8割方時間が過ぎたところで、
「いやでもね、要するにですね」と切り出す。
正直にいようと決めた私の切り札だ。
何故この演出ビジョンにたどり着いたかを説明した。
選んだシーンに出てくる登場人物(とも言えないような存在)に、私は「決断を下す前の迷う人間の姿」をみた。
私自身も迷っているからだ。外国まできて、わざわざ外国語で演劇をして、ただ日本語でお芝居する選択肢も無きにしもあらずで、じゃあどっちがしたいかって言われると、もうそれは、全然分からない。
本当に、馬鹿みたいだけど、恥ずかしいけど、分からない。
たまに、やりたいことがハッキリしている人たちっていうのはいたりするもので、そういう人たちをみると「いいなあ、私もこうありたいなあ」と思うのだけど、
わたしは、そうはなれないし。そうじゃないしなあ。
ここで審査員全員が大爆笑。
何故だかは未だによく分からないけど…笑
「でも、」と続ける。
私は、そうやって迷っている姿の方が、本当なんじゃないかって思う。
そっちの方がより人間的なんじゃないだろうか、と。
だから、こんな風に馬鹿みたいに迷っている人間を描くのも、いいんじゃないかって。
「こんな感じで、以上です」
そういうと、
「パーフェクト」という返答が審査員から。勿論、完璧、というものはあり得ないのだけど。
いいのよ、それで、迷っていて。と言われた気がしたのだ。
そんなこんなで、私は今ここブリュッセルに居る。
今日はパリから重いスーツケースをごろごろ引いてきた。
授業は来週の月曜日からだ。こんなにリラックスしていて嘘みたいだ。
何も実感はわかないけれども、それもまあ、事実なのだ。
欲しかったものが手に入ったからって、そんなに変わるものでもない。
ああだったら、と思いなおす。
もうちょっと欲張って、欲しいものリストを追加していくのも、アリなんじゃないか。
そうして欲した先に、これからどんな世界が広がっていくのだろう。
その世界に私が出来ることと言えば、思いつきは正直しないけれども、
お芝居への愛と希望と喜びだけは確実に、その世界に連れていくことが出来るのではないかと、そう思うのだ。