この一週間と、これからのこと。

ひょんなことから、日本に帰国して活動することになったため、日本に帰る前にヨーロッパの舞台芸術を観る旅をしてこようと思いたち、ドイツに一週間旅行してきた。

 

観てきた作品は

ピナ・バウシュ「1980」

ピーター・ブルック「バトル・フィールド」

ベルリーナ・アンサンブル「DIE ENTFÜHRRUNG EUROS」

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団コンサート

あと、昨日はパリでサイモン・ストーン「三人姉妹」

 

あ、こうみると少ないけど、なんだかとても濃い一週間だった。

何がよかったというと、作品そのものというよりも、その作品にたどり着くまでの道のり、具体的にも抽象的にも、が印象的だった。

 

まずピナの作品は、彼女が本拠地にしていたヴッパタール劇場にて随分長いこと並んでチケットを入手した末に観たのだが、チケットを手に入れるまでに時間がかかるだろうと見越した友人と私は何も知らずにヴッパタールの街に降り立った。

しかし、あまりに閑散とした駅前に「え、ここって本当にピナの劇場がある場所…?」と不安になり始める私たち。ここはきっと賑わっている…と信じた町の中心地に足を向けても、寂れたカフェやパン屋さんがだらーと商店街のように並んでいるのみ。実は、ピナの劇場がある町自体ヴッパタールの中心街から外れた場所にあり、劇場は街の中心にある、という自分のもっていた常識をひっくり返すこの事実に、慣れないドイツの寒さとともにくらくらしていた。

 

さて、運よくピナのチケットをトップで手に入れ、劇場にわくわくで足を踏み入れる。

小ぎれいな劇場にふぉーと思うもつかの間、あまりの客席数の少なさにまたもや拍子抜けする。いくつだろう、250?300?くらい?

 

ヴッパタールの街にせよ、劇場にせよ、今も昔も世界中から愛されているピナは、ピナの作品は、こんなに小さいところから生まれたの?

 

その事実に吃驚するも、3時間半の作品を終えたあとには、その気持ちもすっかり明るいものに。

こんな小さいところから生まれたんだ!

ただ、?から!に変わっただけなんだけどね。でもそのシンプルさが大事なのではないかと思う。

こんなに小さいところから、しかも最初は全然理解されずに始まった。世界中の人がどう彼女の作品を愛しているのかは知らないけれども、私にとって彼女は人間の中心を触る人。本物の人。とても単純だけど、あーこれでいいんだなーと思う。これでいい、これしかない。

 

さて、ピーター・ブルックの作品もこれと同じく、ケルンの中心地から外れた町にある劇場で行われていた。しかし今回はヴッパタールの町をさらに上回る勢いの町であった。つまり、より何もない町。ただでさえ街灯の少ないドイツ。だらだらと続く真っ暗の住宅街とキラキラに照らされたトルコ人街を30分ほど歩いて抜けた先には大きな劇場が。そこから更に1時間半待って、無事に当日券を手に入れてウキウキで劇場に入り開演を待っていると、なんと入り口からピーター・ブルック本人が入ってくるではないか。ふるふると震えて杖をついてゆっくりと階段を上る姿は、まるで能役者笑 私の席の目の前に座る92歳の本物に見とれる。貴方の存在が私のフランス演劇生活2年間を支えたのですヨ、と心の中で一生懸命伝える。演劇の神様のダメ出し?ノートをこの目で見て、書いてあった内容はこの脳裏にしっかり焼き付けてあります。宝物。

 

ベルリンの街では、ブーツをはいた足でトンデモナイ距離を歩いてへとへとになりながら、ブレヒトが作った劇場で作品をひとつ。世界トップと言われるベルリンフィルの音もこの耳に焼き付けてきた。

 

所謂トップレベルといわれるものを観てきたのだが、それを経験して今おもうのは、まあトップレベルはトップレベルで、それをあとはどう調理していくかだな、ということだ。それを目指すでもない、けなすでもない、じゃあこれを目の前に今私はどうしたらより美味しい料理が出来るのか。

その美味しい料理を、なんていうか、周りと共有できないなと思ったから私はフランスを出ることにしました。それで、日本にいる一緒に出来そうな人たちと出会ったので、日本に帰ります。

でも、ずっとずっと演劇やり続けます。周りになんと言われようと、演劇をやり続けます。それだけはブレないから、大丈夫。演劇ってなに?っていう、演劇のかたちそのものに対する疑問は消えないし、そういう点に関して言えばブレるかもしれないけれども。

 

ただ、私という空間があるとして、演劇の存在は「機」のようなものだから。(前回ブログより→ちがう次元に触れる。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

 

12月末に帰ります。どういう料理ができるかも、ちゃんと報告していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちがう次元に触れる。

なんだか、上手くいかない。

何度も渡ったロワール川を横断する橋からの眺めは、やはりヨーロッパのそれだ。

フランスで一番汚い川だと言われているロワール川でさえ、晴れた日は広い空の色を映して、綺麗になる。

空は高い。秋の空はどこだって高いのだ、きっと。

フランスの木々の背は高く、空に近い方から赤く染まっていく。

そういうことをひとつひとつ、忘れないように、この目に焼き付けておこうと思うと、その瞬間には、「でもいつか忘れるんだ」と自分の情の薄さを思い出し、途端につまらなく思える。自分が、だ。

そういう思いを、一歩あゆみを進めて美しいものを見る度に感じるのだから凝りないものだ、と思う。

 

ひとつ、しっかりと書いておかなければと思って、パソコンに向かっている。

「役」を演じることに関してだ。

私は、以前のブログでもその前にも散々「演劇は人間の中心をみせるもの」だと言ってきた。

だけど、それは決してその人それぞれが持つ個性を前面に出せ、ということではない。

むしろ、私の考える「人間の中心をみせる」には、個性だとか、その人の癖だとか言われるものを出来るだけ捨象していく作業が必要な気がする。

それは、そこに書かれている言葉に自らをひたすらに献身していく必要があるから。

そのためには所謂「自我」は邪魔になる。

何故なら、言葉によって展開していく世界には、私以外の他者の存在があるからだ。そこにいる他者を探していく作業が、演劇なのだとも言えるかもしれない。

 

ここしばらくずっと考えている、演劇は言葉の芸術か、という命題に関して。

今のところは、そうだと思う。思わざる負えない。悔しいけど。

でも演劇は、言葉を通して、言葉を超えたもっと遠いところにアクセスできるものなのだと思う。その遠いところっていうのは、その作品を書いた作者だったり、その作家に作品を書くに至らせた人々や物事だったり、その台詞を今まで言ってきた俳優たちへの存在だったり、その言葉のもっている果てしない空間だったり、その言葉によって触れられる人間の心の中の秘密だったり。

 

夏にある友人と会ったときに、彼が最近発酵にハマっているのだ、という話をしてくれた。

その時に彼が言っていた言葉が印象的だ。

「僕たちのお腹のなかには、莫大な数の細菌がいて、その細菌によって気分が決まったりするらしい。そう思うと、もう本当に自分は一人では生きていないのだな、と思う」

(これ、私が覚えている限りなんだけど、違う解釈してたらごめんね笑)

それが、すごい演劇っぽいよね、という話をした。

自分は自分だけで生きているんじゃないんだ、という思いは救いではないだろうか。

 

役を演じる、ということは、自分以外の色々なものに触れていくということで、そしてそのものたちとひとつになる感覚を持つということだ、と思う。いや、正確に言えば、ひとつにはなれない。でも、ひとつになる、という錯覚でもいい。そう私が感じること。ここに唯一、孤独から逃れる術があるのではないかと思う。

(この孤独に関しては、書きたい気もするし、無理な気もする。ただ、今は勇気がないので止めておきたい。)

 

芸術がなんなのかは、そんなの一生かかっても分からないのだろうけど、

もし演劇が芸術なのだとしたら、

それは人間を孤独の水たまりから掬うからなのだと思う。

 

私は、役ではない。

それは、私は絶対に他者にはなれないことと同じことだ。

ただ、そういう役を演じている俳優の存在が感動的になるのは、もしかしたら、私は他者になれるかもしれない、ということを体現しているときだ。

それで、そういう演技っていうのは、もう空間も時間も超えていくと思う。

 

この夏に読んだ本、光岡英稔氏と内田樹氏の対談をまとめた本「荒天の武学」にこんなことが書いてあった。

「実は武に時間は存在しません。武の本質は時の外にあります。だからこそ機と位と間が重要になってきます。機をだいたいは「タイミング」と訳してしまいますが、そうじゃない。タイミングだと時間の内にあります。機が時の外にあるとは、どういうことかと言えば、「それ以外にない」ということです」

 

 

先述した、演技が「空間も時間も超えていく」というのは、ここにあるとなんとなく思っている。

それは具体的には冒頭に述べた「言葉を通じて色々なものに触れていく」ということでもある。

それからもう一つは、人間的な時間とか、人間的な論理がもう通じない次元にいくこと。

演技をするという行為にはそれが出来るのではないかと思う。

 

ちょっと、大げさかなあ。

でも、そうすると孤独をもう笑えなくなるかも、しれないじゃない。

他者なんて絶対に理解できない、ていう人間の論理は超えていくかも、しれないじゃない。

 

まあ、こんなたいそうなことを書いても、技術が伴っていなければ、そんなこと不可能なことも分かっているので、今からきちんと歌の練習をします笑

 

ナントにきて三年目。ロワール川の写真を、初めて撮ってみた。

 

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演劇を、ふたたび。

たぶん初めてくらいで自分のフランス語で演劇をする姿をみた。

 

入学してからの2年間の学校でやった公演の動画をもらったのだが、本当に、初めて自分がどういう風にお芝居をしているのかを目の当たりにした。

 

自分が演技しているのを見ることほどの拷問はないが、頑張って、見てみた。

というか、これも勉強だな、と思って、苦しいが、見た。

 

へたくそな発音に、上手くまとまっていない身体。1月の公演では、そんな発声じゃいつか声をダメにするよ、と今なら分かることがあったり。今なら、もっと見えるひとつひとつの台詞の可能性。

 

今ならわかる。でも、あの時は分からなかった。

今でも分からない。だから、まだまだ探し続けねばならない。

 

もう幾度となくそう思って、次こそは次こそは、と思うのだが、それでも毎回、新たな発見があって、参ってしまう。

 

底なし沼にはまってしまった。でも、これはずっと昔から。それで、ずぶずぶとはまっていく感覚に、私は最早はまってしまったのだろう。

でも、その沼に沈んでいく正にその瞬間にも、多くの人と出会い、教えてもらい、感動して、いちいち恋に落ちていく。

 

もっと、自由な身体が欲しい。自由な思考が欲しい、と思う。

それで、たぶんそれは、可能だと思う。

 

「君のここがいいね。」と言われたときに、大して嬉しくもないのは、私が一人の人間として見られていて、その人の見ている先に女優の近藤瑞季がいないからだと思う。

でも、私は人間ならだれでも演劇ができると思っていて、演劇はその人の中心、その人の持っているマグマみたいなものを露わにするものだと思っているから、本当は「君の、人としてのここがいいね。」という言葉にも喜びを感じるべきなのだ。論理的に言えば。でも、まだそれを受け入れられていないということは、私はまだ完璧に自分の考える演劇を信じ切っていないということだろう。悔しい。

思考は感覚の先を行ってしまう。あまりに考えすぎて、感覚を疎かにしてしまった時間が長すぎる。でも、感覚は私をどこか知らない場所に連れて行ってくれることも分かっている。

身体でもって、心でもって感じたことに自分を流していくこと、寄り添うこと。

これも訓練だろうから、忍耐をもっていかなければならない。

 

これからどうなるか、それは分からないけど。

ただ、信念をもって、いちいち心揺さぶられることを怖がらなければ、忘れなければ大丈夫だと思う。

 

しっかり自分の両二本足で地面に立っていたいと思う。

 

 

 

 

わくわくしてる。

とあることを決めてから、元気になった。

決めた、そして決まっていった、といった方が正しいだろうか。

 

このことを知人に話したらこんな言葉が返ってきた。

「短い間に、一気にいろいろ体験して、扉がパーっと開けた感じですね。真実の扉が開くときには、ものごとは信じられないくらいスムーズにいくもの」

 

最近の自分の身に起きていることは、まさにそんな表現がぴったりで、あまりの話の展開のスピードに周囲は困惑したり疑いをもったりしているが、そのことに関係している人たちは至って普通というか、当たり前のように受け止めている。

それは、そういった人たちと私がその真実の扉を一緒にくぐったからなのだと思う。その空気を共に生きたとでも言おうか。空気がどう動き、どのような色にあったかわかっているから、他の余計なものに視界を邪魔されない。自分がどの空気についていけばいいかを分かっている。

 

私がとった決断は、あまりに突拍子のないものに見えるらしいが、私自身の中ではすべて繋がっていて、こんなに論理的なことはない、ぐらいに思っている。

 

それから、そういった先に新たな出会いは生まれるのだと最近は身をもって実感している。

物事は必要なときにあらわれるのだ、と大学時代に作演出した作品のなかのセリフに書いた記憶があるが、いやいや本当にそうなのだよ、と何も分からずに書いていたあの時の自分を褒めたい。

思えばあの時もそうなのだと強く信じていた記憶があるが、今はさらにそのことを深いところで理解できる。きっとこの先生きていれば、より一層深い部分にあるところに触れることができるのだろう。

 

何か学んだと思った途端、自分はまだまだあまちゃんなのだ、と空を見上げたくなる。人間って果てしないなア、と圧倒されると同時に胸が熱くなるような感覚も覚える。あがあがと頭上の空気を飲み込みこんで、それを全部からだ中に巡らせたくなる。

 

こういう感覚も、これから先もっともっと深いところで感じていくのだろう。

と思うと、やはりコンセルヴァトワールで先生が私たちに何か困難に直面した際は

C'est compliqué(難しいな)

というより

C'est passionnant (わくわくする)

と言いなさい、というのは精神論なんかでなくてこれまたとんでもなく論理的なのではないかと思うのだ。

 

何を決断したかに関しての詳細は、また近いうちに発表します。

とりあえずね、わくわくするよ。

 

 

チャイコフスキー 弦楽セレナーデハ長調48番

現在、ナント市では、ナント・日本の交流プログラムがかなり大きな規模で催されている。

私も通訳としていくつかのプログラムに少し参加するのだが、何せ通訳など初めてで、与えられた仕事をきちんとこなせるのか(出来ないに決まっている。こんなこと言っていいのだろうか)、心配でたまらないが、ここにきて再びフランス語の基礎を見直そうとしている。

 

そんなひよっこの私だが、先ほど私よりより小さな人たちの音楽会に行ってきた。

滋賀県からさきらジュニアオーケストラの若者たちが、はるばるナントまで演奏にやってきたのだ。私も若者に所属するぐらいの年齢なのだが、彼らは私よりさらに若者で、一番の若者はなんと6歳らしい。(私といえば、その4倍以上生きている)

 

そんな若者たちの演奏会は1時間程の小演奏会だったが、私はすっかり心を打たれてしまった。音楽のことなぞ全くといっていいほど知らないのだが、それと心を打たれるのは関係ないように思う。と言いつつ、今から書くことにビクビクしているのだが…。

 

演奏自体は最初は緊張しているように聴こえたが、それもライブの楽しみである。音楽も演劇と同じ。一生をかけて成長していくもの。だから人間が生きるように音楽も生きる。人間が緊張すれば、音も緊張する。そんなのはアマチュアだからだよ、と言われてしまうかもしれないが、私はそういった面を何よりも愛しいと思うのだ。

そんな少しカタイ演奏も、後半になればだんだん伸びやかになっていく。とはいってもそんなのも彼らの本領ではないのかもしれない。でも、音楽を知らないような私にとっては(やはりここは強調しておきたい)、自分よりもうんと若い人たちがこんなにしっかりと演奏を出来ていること自体、吃驚仰天なのだ。

 

コンセルヴァトワールで音楽科の生徒たちによる演奏はいくつか聴いてきた。演奏中、どうしても今までの演奏と比較してしまって、「うん、しょうじき贔屓目なしでも、(日本のみんな)なかなかなんじゃない」なんて思ってしまった。

それで、思い出した。私がコンセルヴァトワールに入った当初言われた「瑞季は、それなりのテクニックもあるけど、もっと楽しまなきゃ」という言葉。

それを言われたとき「はい?テクニック?そんなの学んだ記憶ありませんよ?」とポカンとしていたのだが、こうして「学校」で演劇を学んでみると、分かる。ああ、なるほど私はテクニックは確かにある程度あったのだろう、と。学校に行ったことでその成長速度は早まったが、恐らく日本でも演劇を学んでいくことは出来たのであろう。

それはきっと音楽においても同じで、技術は学ぼうと思えば本場ヨーロッパ人に負けない程度学べる。ダンスだってそうだろう。美術だって、なんだって、きっとそうだ。

 

じゃあなんでみんな留学するの、なんでわたしはわざわざフランスくんだりまできて演劇をやっているの?

 

出会うべきもの、ひとに出会うためじゃない?

人生経験を積むためじゃない?

ヨーロッパの空気を吸うためじゃない?

そしてそれらを演技に生かすためじゃない?

 

そんな問いがだだだーと頭の中を駆け巡った。

駆け巡って、目の前で音を奏でる若者たちをボーと見ていた。

ボーとしていたら、曲の終盤に差し掛かっていた。

チャイコフスキーの弦楽セレナーデハ長調48番。

それまで繰り返されていたテーマが何度も繰り返される。高みを目指すように。まだ完成しない。まだまだ。これではまだ終わらないのだ、と駆けていくように。

 

音楽のこと本当に何も知らないのでこんなこと言うの最高に恥ずかしいのだが、そんな風に思ったのだ。馬鹿お前ここで一息ついてる場合じゃないだろう、まだ何もしていないじゃないか、と自分の怒声が聞こえた、気がする。

 

胸のすくような思いだった。

そんな思いが今もしている。

 

こんなこと書きながら、思い返せばフランスに来る前からそういったことは分かっていた気がしなくもない。それでも、日本を飛び出さずにはいられなかった。実際に経験してみないと分からないどうしようもない馬鹿者なのだ。

しかし、愚者は愚者なりの進み方があるのだろう。そうやって今までとりあえず生きてきたのだから。(先日、26歳になったのだ。)

 

こうやって、私は若者たちに励まされるのだ。

わたしはこの若者たちにいつか何かしてあげられることがあるだろうか。

私が多くの先輩たちにしてきてもらったように。

 

とりあえず、愚者の背中を、見せることはできるのではないだろうか。

今のところそう思う。

 

チャイコフスキーの弦楽セレナーデハ長調48番。

https://www.youtube.com/watch?v=DHtojYUEVz8

www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再演を経て、核心を見る。

生まれて初めての遠征公演というものをしてきた。

6月にあった卒業試験DET(DETに関する記事はコチラ→

ジュリエット。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

を再演するという機会を、リヨンの郊外にあるVilleurbanneという街にある劇場が、幸運にも与えてくれた。

本当に与えてくれた、という言葉がぴったりで、というのも、二年間散々学校で演劇漬けだった私たちは現在、授業なし、特に雇ってくれるカンパニーなしの状況に、ぽんっと投げ出されているのだ。空虚、とはこのことだろうか。果てしない孤独に、先週は毎日シクシクと泣いていた。

 

そんな中、救いのように、この初「ツアー」。

小さい劇場だけど、たった一日だけだけど、初めての再演を経験することになった。

 

 

さて、このツアーを通してはっきりしたことがある。

先週、思い切って書いた記事(いい俳優になりたい。 - 踏み台における足踏みの

跡。 )は、案外間違ってなかったということだ。

演劇そのものや、演劇を通して世の中に訴えていくこと、そこで起こる人間ドラマには大して興味がない。

本当に面白いのは、自分の身体を通して、観客や相手役と繋がれること。

だから、稽古や公演を通して自分がいくら成長しても、どんな苦労を経験しても、演技をすることでその繋がりが生まれなかったら、面白くない。

 

最近、私は頻繁にraconter une histoire(物語を語る)という表現を使うようになった。何が起こっているのか、その作品で自分が面白いと思った部分が何なのか、それを伝える、というごく単純なことなのだが、私はこれが出来ている舞台作品に、いったいどれくらい出合ってきたのだろう?恐らくほとんど、そんな経験はない。

そしてそういったことを俳優として経験したこともほとんどない。

 

物語を言葉で語るだけでは駄目なのだ。皮膚感覚レベルで、具体的な心象の動きとともに、他者に伝わらなければならないのだ。

勿論、他者に伝わった結果、それぞれに見える景色が違うことはよい。むしろそれが普通であり(違う人間なのだから)、それこそが素晴らしいことだ。

ただ、伝わる瞬間に奥深くで繋がる感覚というのは、やはり、あるのではないだろうか?

そんなの思い込みなんじゃないの?と自分でも随分思ってきた。

だけど、確かにそういうものはあるのだ。目に見えないけど、あるもの。

赤外線とか、気とか、微生物とか。ちょっと例がバラバラかもしれないけど。

私は、一度経験してしまったから。そういう感覚を。

それはたいそう心地よいもので、誤解を恐れずに言えば感動的なのである。

そして、私はそれを、出来ればもう一度、もう二度と感じたいのである。

 

 

そうすると「観た人がいいと言えばよし」という話ではなくなってくる。「今回は、これこれこういったことが出来るようになった」でもない。「あなたは素晴らしい俳優ね」という言葉が、終演後にあればいいわけでもない。

 

 

どうやら目指している道は長く孤独なものであるようだ。

そんなことが、今回分かったことである。

 

ついで、といっては何だが、美食の街リヨンにいながら全くもって劇場にこもって美味しくない冷たいパンとアボカドとばっかり食べていた私は、随分と不機嫌であった。

本当に、インスタント味噌汁の存在に助けられた。ジャズピアニストの上原ひろみさんもインスタント味噌汁をツアーには必ず携帯しているようなのだが、うんうんそうですよねえ、と、分かってしまう。分かってしまって少し嬉しい。

私を助けた味噌汁たち。

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いい俳優になりたい。

俳優でいるのは、もしかしたら簡単なことなのかもしれない。

フランスに残るのも、大して難しいことじゃないのかもしれない。(実際のところ、全然知らないけど)

と日本で過ごし、そしてフランスに戻ってきて三週間の今、思うのだ。

 

ただ、いい俳優である、のは別の話だ。

じゃあ、いい俳優っていうのは、何かと言われるとそんなのは人それぞれ定義が違うよ、という話になってくるのかもしれないが

それでも、いると思うのだ。

うわ、なんだこの人、ていう人が。

思い返すと、やはりいるのだ。テクニックとかそういうの以上に何かを持っている人。その演技で、こちらの心臓を抉ってくるような人。

 

努力だけでは到達できない場所がある。それを才能と私たちは呼ぶらしい。

やはり才能ある俳優というのはいるのだ。

 

そして、それになりたいと思う。

 

私は演劇自体は大して好きではない。戯曲を読むのも、劇場に行って芝居を観るのも、あまり面白いと思わない。数をこなしていくうちに、楽しみ方は分かってきたけれども、それでもまあ、進んでこれをやろう、という類には入らない。

じゃあ、何故演劇をやっているのかい、と自分自身に問うてみると、それはもう澄みに澄み切った答えが返ってくる。

演じることが面白い。生きている心地がする。

(でもこの答えをこうやって思いっきり言えるようになるまで、どれだけの年月を費やしたか…)

別に、演劇のすばらしさを、人に分かってもらいたいとかそういうことは思わない。

まあそもそも私自身がそんなにそれをすばらしい!と思っていない節があるので、それはムリだ。

でも、人が演じることで、何かその人の「本当」が出てきたりするのに、吃驚する。そういう瞬間を、凛としていて美しい、と思う。

「本当」とか言ってそんなのが嘘か本当かなんてどうやってわかるの?と言われそうだが、そんなのは説明できるものでない。と言い切ってしまうのはどうかと思うので、今のところは説明できない、と言っておこうか。

でも、そういう「本当」の一面に接すると、ヒリヒリと心が言うのだ。

心の琴線に触れる、という言葉があるが、

じゃあ、心ってどこにあるのよ?っていう問いに対して、「ここ」と答えをくれるのが、この言葉な気がする。

心の琴線に触れた、あ、私にとって、心ってここにあったんだ、と。

そうした瞬間って、とても貴重で、生きていてよかった、思わせてくれる、そんなものだと思う。

もう理屈とかそういうの超えたところにあるんだよね。

才能とかそういった類のものが理屈を超えた先にあるものみたいに。

 

ただ、才能も花開かせるためには他の要素も必要で、それは努力と運だったりする。(のであろう)

運は、知らないけれども

努力は、苦しくても泣きながらでも出来るので、しなくてはならない。それが、美しい瞬間を生みだす方法なのだと、多くの先人が示してくれているのだから。

コツコツ、地味に、ひたむきに。