パンと演劇を通して小世界をみた。

近所にフランス人顔負けなパン屋さんがある。

去年の夏に帰った時にフランス国旗を掲げたその小さな店舗をみかけたのだけど、なんとなく寄れずにいた。

今年になって母がそこのパンを買ってきて、食べてみると、それはもうびっくり。

フランスにだって、こんなに丁寧に作った美味しいパンは、そこら辺では食べられない。

しっかりしたフランスの伝統的なパン。

丁寧なつくりは、見た目からして明らかだし、食べればもはや疑う余地もない。美味しいのだ。

 

昨日、たまたま母とそのパン屋さんに行ったら、普段は控えめなのに時々妙に他人に踏み込むことのある母がレジカウンターのすぐ奥の厨房にいる職人さんに

「この間お話した、こちらが今フランスにいっている娘ですー!」と声をかける。すごい大胆さだ…。母は一度その職人さんと話したことがあって、その際に私の話をしたらしい。

 

「フランスのふつうのパン屋さんより美味しいですね」

と言ったら、喜んでくれた。でも、

「100人のお客さんが来たら、美味しいと思ってくれる人は5人くらいだと思いますよ」

と。

え、うそ、そんな。それはないです。こんなに美味しいのに。

いや、日本人のお客さんが好きなのはちょっと違うんですよね。

 

あ、なるほど。

ご自分の作りたいものと、日本人が好きなもののちょうどいい具合を計るのは難しいですよね、と言ったら

そう、そうなんですよ、とそれは口に出していないが、首をうんうんと縦に振っていた。

 

その会話をした瞬間に、以前購入したここのあるひとつのパンを思い出した。

そのパンは、見た目はやはり他のパン同様美しいパンで、私はその味を楽しみに包丁を入れたのだが、包丁を入れた瞬間つぶれていくパンに拍子抜けしたのだ。食べてみるとやはり、外はそれなりに硬いのだが、中はもっちりとして、水分が多く柔かなのだ。

別のパンを食べて、おおこれはそんじょそこらのフランスのパン屋で食べるパンよりいけるぞ、と思っていたのでそのやわらかさに吃驚したのと同時に「なあんだ、こんなもんか」と少しがっかりしたのを思い出した。

 

その話をパン屋さんにした上に、仕舞には「本当はもっと固く焼きたいのですよね。」と思わず言ってしまい、そう言いながら、いや生意気だろうと思ったのだけど、もうそれはそれは、染み入るように?首を縦に振っていた。

 

この夏、自分は演劇をする人間としてどうやって社会に出ていけばいいかを考えていた。

「自分がやりたいこと」と「売れるもの」の間には大なり小なり開きがある。

もっと自分勝手な言い方をすると「本当に面白いもの」と「お金がまわってくるもの(投資されるもの)」が重なることは、非常に稀だ。

私は演劇をやってお金を稼いで生きていきたいけれども、そのためには社会に、或いはある一定数の人に支持されなければいけない。そして、重要なのはそこに経済を生み出さなければいけないということだ。今の社会では、プロである、とはそういうことだ。その活動をして経済を生み出しているかどうか。厳密に言えばどうだか、一度も働いたことのない私には分からないけれども、おそらく大体のところはそんな感じだ。ムカつくけど。

 

夏の間中、ああ芸術を生業にするのって難しい、と嘆いていたけれども

それはどうやら職人の世界でもそうであるらしい。

そして、それをサラリーマンの友人に話したら、一般企業でも同じことだそうだ。

 

パン屋さんとの話は、まだ広がる。

どうやら、その職人さんが以前勤めていたパン屋さんにフランスのパン職人が研修に来たという。そこで、最初はやはり、彼らはパンの本場の国の人なので「ま、俺たちの方が上だし」という態度をとっているらしい。しかし、結局は日本の職人に教えを乞うて来たという。技術も、つくる味も、そこで働く日本人職人のものの方が上だからだ。

 

この記事の最初に書いた通り、現在フランスの普通のパン屋で食べるパンに美味しいものはあまりない。小麦は精製されまくって栄養なんてまるでないし、外はカリっと中はふんわり焼くために高熱の窯で一気に焼き上げる。しかしそうやってできたパンは実は十分に火の通っていない半生のパンなのである。

さらに、研修にやってきたフランス人職人は、日本のパン屋で売り出すパンの種類の豊富さに驚くという。日本では、様々なパンを焼かないと経営を回せない。対してフランスでは、バゲットさえ焼いていればなんとかなる。

 

自分の焼きたいパンを焼く。それも、伝統的で、本場フランス人もびっくりなパン。でも、そればかりでは売れない。だって、ここは日本で、日本人は柔らかいパンの方が好みだから。そのちょうどいいところを見つけてそれでお店を回している。

うちのバゲットは日本人には硬すぎるんですよ、とお勧めされて、まだ一度も食べたことのないそこのバゲットを購入した。確かに、皮がしっかりと硬いバゲットだった。美味しかった。

日本人の好みに合わせながら、いろいろな種類のパンを作り(といってもそんなに多いわけではない。日によって種類も変わる。私はそれが大好きだ)、そのなかできっと「ここだけは譲れない」を置く。

 

私がやっていくべきもここにあるのか。

自分のやりたいことと、人に求められることのあいだを縫って、どうにかふたつを繋げていく。

それはどうだか分からないけれども、まずは、

演劇を、芸術という、妙に神聖なものの器にのっけて、それの社会でのあり方、などともったいぶって考える必要のないことは、わかった。

演劇は芸術で神聖なものだけど、それはこの世に存在するあらゆるものと似たような悩みを持っている。

職人と芸術家はやっぱり違うけれども、似ているところだってあるのだ。

 

やはり、「アーティストとして」考えていく必要なんてないと思う。

普通の、この世界に生きるいち人間として、自分は自分のやるべきことにどう向き合っていくか、ということなのだろう。

 

こんな単純な結論で、しかも実はパン屋さんとの会話は5分にも満たなかったのだけど、嬉しくて嬉しくて、また一年頑張れるぞ、と励まされた日曜日でした。

さて、日本滞在もあと少しです。大好きな日本の秋を後にするのは寂しい。

 

 

 

 

 

あいだにいること。

日本で過ごしていると、フランスでフランス語を話して生活していた自分が嘘のように思える。

遠いあの国は、今やほぼ存在していないに等しい。なんて薄情。

フランスを一歩出れば、もうフランス的要素はわたしから抜けてしまう。すごい残念でもある。

じゃあ、日本にいる私は、日本の地に立っているかといえば、それもまた違い、漂っている。

どこにいたって漂っていることにかわりはない。

それは少し、寂しい。

 

昨日、去年も一日だけ参加したヨガ教室に行ってきた。

先生の、やわらかい在り方と、その言葉に、「ああ、フランス語やってよかったなあ」と思う。

というのも、私は日本語、フランス語、英語の三つしか知らないけれど、それぞれの言語にはそれぞれの世界があると思うのだ。

その言語でつくりだせる雰囲気がある。それは単純に、それぞれの言葉のもつ音がそうさせるのかもしれないけれども、内容も、日本語でしか話せない内容があったり、フランス語だと話しやすい内容があったりする。

昨日のヨガ教室のあのやわらかな感じは、やはり私にとっては、日本語でしか触れられない場所なのだ。これは他の言語に長期間触れてみないと分からないものであったと思う。

 

 

 

人間のからだって、触れるだけで繋がってくるらしい。

手を足で触ったらそこは繋がって、お互いに影響を及ぼす。そこに気が通る。

それは自分のでも、他者のからだでも同じで、これはよく言うことかもしれないけれども、触ることで細胞レベルで交わっていく。

私が誰かに触れば、私の気は相手に通る。

「なので、相手のからだに触るときは敬意をもって触りましょう。」

 

 

日本語で、個人的にかもしれないけれども、話しにくいことのひとつに性の話がある。

こういうことが問題だ、とか、こういうことがしてみたい、とか。そういうことって日本語でほとんど話したことがなかった。

でも、フランス人がそれが好きなのかなんなのか、フランスの友人とはよく話す。(おそらく好きなんだろう。あと、私たちが互いにあまりに開けている、というのもある)(あと、私は男の子たちのそういう話を聞くのが好きだ。面白い)

そんな彼らと一緒にいることで、私は他者のからだに触れることの大切さを思い知った。

それは、言葉でのコミュニケーションと同様に大事なこと。息をするように、大事なこと。

たぶん彼らとの交流がなかったら、ずっと軽んじていただろうこと。

 

人のからだに触るのは、すごいことだ。

以前の私は、誰かに触れるのが怖かった。

学校にはダンスの授業が週4時間あるけれども、それは飽くまで俳優のためのダンスの授業なので、主な目的は振りやテクニックを学ぶことよりも、自分のからだを解放すること、より自由に動かせるようになることにある。

授業中、時に誰かとペアを組んでからだを動かすことがあるが、一年目の私は、相手のからだに触っていく勇気も、相手に触られたいという気持ちもなかった。ていうか、むしろ触ってほしくなかった。

二年目に入って、おそらく少しずつ精神面での変化があったのだろう。

いまの私は、積極的に他人に触りたいとまで思うほどに変わった。

 

先学期、ダンスの授業でこんなことがあった、

先生とふたりで踊ったとき、

手が先生のからだに吸いついっていったのだ。

先生の手も私が触ってほしい部分に触れる。

その感覚は、とてもあたたかく柔かな膜のようなもののなかにいるような、自分がその膜そのもののような。

ちょっと勇気をだして言えば、心地よかった、のだ。

 

こんな、先生と、からだが触れて気持ち良かったです、って、やばい話に聞こえるかもしれないけれど。でも、たぶん以前の私は、こんなやばそうな話を体験していない私は、もっと他人のからだに対して乱暴であったし、自分に対しても乱暴だったと思う。

今は、自分にはからだがあって、それは他の人もそうで、そのからだっていうのは、とても尊いものなのだということが、わかるのだ。

 

でもこれって、すごい性的な話にも思えるし、全然そうじゃない気もする。

だって、やっぱりからだが通じた時って、心が通じた時のように、感動するし。

涙がでるようなこともあるし。

心と体はつながっていて、別のものであるようで、同じもので、同じものであるようで、やはり別もの。

どちらも性的であって、性的でない。

 

 

とまあ、そんな風に、少しずつ自分のからだや心を解放できるようになってきた私は、

それでも未だに自らをコントロールしていたい気持ちを放つことが苦手だ。

少しずつ理解しはじめてきて、ジュリエットを演じることではその入り口に立ったと思う。(詳細→

ジュリエットを終えた先に。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

でも、自分をコントロールの外に比較的簡単に投げ出してしまえる友人たちをみてると、何故、と思う。何故、私はこれにこんなに時間がかかるの、と。

理由は分かってる。

ただただ、自分を解き放つのが怖い。

 

それをヨガの先生に言ったらこんな答えが返ってきた。

「それぞれにそれぞれのタイミングもあるから、無理しなくていいんですよ。その時期が来ないのは、まだまだその人にとって不安や恐怖をためておく必要があったりするってこともあるから。それから、そういう風に恐怖に思ってしまう自分も、大切にしてあげるのも大事です。そういう、恐怖を背負ってしまう自分や、生まれつき背負ってきたものとか、そういうのを見つめてあげることもとても大事なことだと思います。」

 

あ、日本語で触れた境界、と思った。

追いやるんでなくて、ただそこにあることを見つめること。

怖いという気持ちは、嫌なものに感じられるかもしれないけれども、それも私を形作るひとつであって、その私の中には他にもいろいろなものが混じっていたりする。喜びとか

そう、不安や恐怖は、喜びの裏地にあったりする。

違うもののようで似ているもののような。

 

誰かのからだに触る時、何かひとつになった、という感覚があるが、

あんなものは嘘なのかもしれない。だって、ひとつになれるわけない。

いや、でも、やはり私が相手に触れると、わたしたちのからだは繋がる。細胞レベルで。という風に言われたし、なるほどそんな感覚もする。

でも、もっと細かくみていけば、実は分子と分子の間は無だから、絶対に触れることなんてできないらしいというのも、聞いたことがある。

でも、やっぱり、もしかしたら、ひとつになっているかも。分子なんて、目に見えないし。目には見えないけど、あ、ひとつになった、という感覚があるから、やっぱりひとつになったのかも。

どっちか分からないけど。

ひとつになったようで、なってない。でも、なってる。

性的なようで、性的でない。でもやっぱり性的。

不安や恐怖に感じられるけど、次の瞬間には喜びになったりする、けど怖い気持ちは続く。

どっちか分からないけど、

この、どっちつかず。この、あいだ、が大事なんじゃないかな。

そうなのかもね、っていう、可能性。そして軽やかさ。

 

だから、日本にいても浮いてるようだけど、ちゃんと日本にいるし、

フランスに戻ったら、やっぱりいつまでも外国人だけど、向こうできちんと生活できるし。

大した話じゃないんだけどね、やっぱり大したことしてるんだなあ、ってたまに思ったりしてしまう、そういう風に一年分の自分を「お前よくやったなぁ」と誉めてあげられる時間を、今はまったりと過ごしています。

ジュリエットを終えた先に。

一昨日の公演、昨日の面接を終えてDET(Diplôme d'Études Théâtrales)を無事に取得することができました。

私の学年7人全員。

嬉しかった。

 

自分のことに関して言えば、ディプロムなんかあったってなかったってどうでもいいし、(来週受けるコンクールのために必要だから、どうでもいいと言ったら嘘になるけど)一番大事なのは、ロミオとジュリエットを、この場で上演することだったので、取得したこと自体は取り立てて喜ぶことでもないけど、7人全員そろって貰えたというのが、本当に嬉しい。

嬉しすぎたのと、疲れがマックスにたまっていたのも相まって、直後に学校の外に出て、道路に向かって「7人みんな成功したぞー!」と叫んだ。そしたら、道行く人が拍手してくれた笑

 

試験は2日間にわたって行われて、1日目は朝から3分のシーンを2つ発表。私は1月にやったモノローグとチェーホフのシーンを3分バージョンにして発表。(詳細はこちら→

オーガニックな身体を手に入れる。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

この時点で、ああ私は大丈夫だな、と思った。

今までの不安定な俳優の近藤瑞季は、もういなくなっていた。

ある日はうまく行ったり、ある日はうまく行かなかったり。そういう脆さはもう私のうちには存在していないことをしっかり感じた。

今やらなきゃいけないこと、今行くべき道が、見える。そして、歩めるだけのニ本足が、脚力がある。その道や足は、今、の私についているものだから、テクニックに欠けていたり表現が幼稚だったりするけれども、でも、大事なのは視界がはっきりしていること、そして二の足に力を感じることだ。

 

午後にクラスメイトのプロジェクトで演じて、

次の日、金曜日の12時にロミオとジュリエット。

 

実は2週間ほど前から寝つきは悪くないのに、朝どうも早くに起きてしまうようになった。どうしてだろう、DETどうでもいいとか言っておきながら緊張かな、と思っていたけれども、ここにきて何故かが分かることになる。

身体が、ジュリエットを昼の12時に演じるために少しづつ慣らしていってくれたのだ。(と思う)

当日の朝は5時に起きて、家でゆっくり1時間ヨガをして、朝は9時少し前について30分発声。これをすべてやった時には、身体はもうポカポカしていて12時にはコンディションは万全だろうと感じていた。

身体は私の予想を超えて、賢い。

 

なんていうか、奇跡みたいな時間だった。

お客さんが入ったこの作品は強い。

お客さんに教えてもらった。シェイクスピアは面白おかしく、そして悲しい。

どっと笑いが起こったかと思えば、胸を締め付けるような空気が客席と舞台を包む。

 

私のジュリエットは、宙を舞うようにロミオに恋をして、強さのうちに死んでいった。

それはもう、俳優としては喜び以外の何物でもない。

役が私のコントロールのうちに、そして時にコントロールを超えて、この世界に存在している。

ボールを思いっきり蹴ったら、ボールのほうでは勝手にバウンドして、それを私は追いかけ、つかまえてまた私の手の内に戻す。そんな感覚。

 

初めての恋をして、死ぬまでの30分。終わった瞬間は、まるで一瞬を駆け抜けたような、そして永遠を生きたような感覚だった。

 

終わってから来てくれた人との挨拶。

何人かは熱い抱擁をくれた。

瞳を見ればわかった。彼らと私のジュリエットは同じ感情を通ったのだ、ということが。

人の心に触れるというのはこのことなのだろう。

心の一番やわらかい、秘密の部分に触れることが、やっぱり俳優は出来るんだ。

 

 

終わって、昨日審査員からの講評がひとりひとりに行われた。

ちょっと色々ありすぎて、受け取る情報量も多すぎて(なんといっても40分も話してしまった)、頭がいまだにぽんやりしている。

このやり取りを通して、もっともっとgénérosité(寛容)の意味が分かった。

寛容であるとは、

自分のもっているものを、惜しみなく相手に渡すこと。

本当に、本当の意味で。見返りを求めるなんて発想さえ、そこにはない。

こう言ってしまえば、まるで辞書に載っている言葉のようにシンプルだ。

だけど、その中にいったいどれだけの愛が詰まっていることだろう。

 

学校で皆が使うdonner au public(観客に与える)という表現が嫌いだった。

そこには何か上から目線というか、与える、という自発的な意図が感じられたから。

でも、それをクラスメイトに説明するたびに首を傾げられた。やっぱりdonnerっていうでしょうって。

今回、なぜ私がその言葉に違和感を感じていたのかがわかることになる。

だって、私が感じた寛容さは、相手(観客)に向かう矢印なんて一切ないのだ。

そこに、与えるという動詞はどうしても当てはまらない。

私の理解する寛容さは、私の心をふわりと広げた先にある。

私の中心からだらだらと流れて、そこにある。

 

私がジュリエットに心を打たれたから、私はそれをそこにいる人たちと共有したのだ。

ただただ、それだけだ。

 

ここでとりあえずコンセルヴァトワールは終了。

どうして私はフランスに来たのか、どうして数あるコンセルヴァトワールのうちのナントに入ったのか、どうしてこれほどまでに辛い思いをしてきたのか、それらすべてが理解できた。

全部、全部、今日ここにいるためにそれらを通ってきたのだ。

 

先週思いっきり休もうと思っていた日曜日に見ようと思って

 

楽しみにしていたswitchインタビューの坂本龍一と福岡伸一の対談の中で、生物学者の今西錦司という人の話がでてきた。

彼は山に登るのが好きで生涯で二千近い山に登ってきたそうだ。それで、「どうして山に登るのですか?」と訊かれたことに対してこう答えたそう。

山に登ると、その頂上からしか見えない景色があって、そこに次の山が見える。だからまたその山に登りたくなるんだ、と。そういうことを繰り返しながら、直線的でなくジグザグに進んできたんだって。

 

 

いま、私の目の前には俳優の道がある。

今までだって長いと思っていたけれども、いま見える道はもっともっと、果てしなく長い。

道を少し進んだと思ったら、もっと長いことに気付いた。

山を登ったと思ったら、別の山を見つけた。

でも、その山の頂上は見えない。

怖いけれども、次の山に登りたいと思うし、それ以外を進むという選択肢が私の頭にない。もはやそうして登り続けていく、歩み続けていくことでしか私が息をしていく方法はないのではないだろうか、とも思う。

 

どうすればいいんだろうか。

どうすればいいんだろう?

答えは分かっているようで、怖気づいている自分がいる。

うん、登りますという勇気がないのだ。

でも、言ってしまえばいいだけな気もする。

 

頑張れ、頑張れ、と。お前はそれが何かを分かっているのだろう、と自分が言っている。

でも、やっぱり怖いのだ。

 

 

 

それでも、言い続けるしかない。

頑張れ、頑張れ、と。

 

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ジュリエット。

23日の金曜日に在籍している学科の卒業認定試験として、30分の企画公演を行います。

一年間かけてこつこつと準備を進めてきたプロジェクト。

学校では戯曲の中のシーンを用いて稽古などしているけれども、ひとつの役を最初から最後まで通して演じるということがないため、この公演は、30分間、一つとして生きるということに主旨があります。

 

わたしの役は、ジュリエット。

そう、ロミオとジュリエットの。

去年、一つ上の学年のプロジェクトを観ていて、自分だったら、どうするだろう、ほとんど可能性はないけれども自分がどうしても演じてみたい役はなんだろう、と考えていたときに、この役だ、と思った。

ああ、憧れの役だ、と。

 

大学受験の準備中、1時間半やったら10分休む、というふうにして猛勉強していたときの、その10分の休憩中に、ジュリエットのセリフを朗読していたことがあった。

美しい人が演じなければいけないと思っていたジュリエット。

情熱的で日本語的ではないセリフ回しでとてもじゃないけど人前で言えないと思っていたシェイクスピアの言葉たち。

フランスで、日本人の私がやったら面白いかも。ただ、単純にそう思った。

 

でも、この役は国籍なんか超える。

 

実はつい最近まで、実際の空間で稽古をする機会がなかったため、今までテクストを解読することを中心に進めてきた。

そんな、いかにもおフランスな演劇の仕方。

コンセルヴァトワールに入った時、というかちょっと前まであまり得意でなかったこの方法の重要さに、ここになって初めて気付くことになる。

 

先週、スタッフとともに二回目の通しをしたときに、私たちのロミオとジュリエットは姿をかえた。

本当に、その表現が一番しっくりくる。

今までやってきたものとまるで違う作品になったのだ。語られるものが違う、というか。

テクスト解読の積み重ねと、空間を身体が把握し始めたのと、きっと要因はいくつかある。

私が演じたジュリエットは、私がそれまで考えていたジュリエットと全く別物になった。

こうなるとは想像もしていなかったのだ。

そして、私自身に関しても、自分がこういう風に演技できるなんて考えてもみなかった。

 

私は、一回イメージをきめたら、その完成形にむかってまっしぐらに突っ走て行くタイプだけれども、それは上手くいくときもあれば、形だけの中身のないものになってしまうときもある。

中身をなくしてしまう度に紆余曲折して、具体的には苦しんだ末に一度泣くなどして笑、どうにかして役の魂を取り戻していた。(泣くのが大事なのでなくて、泣くほど苦しむことが大事。笑)

 

今回ジュリエットが教えてくれたのは、今まで私がとってきた手法、つまり役のイメージを最初から決めてしまうことのつまらなさだ

だって、登場人物たちは、私の頭で考えているのよりも、ずっと面白く魅力的で、沢山の可能性に溢れている。

私自身にも、沢山の可能性に溢れているように。どの人にも、どの役にも、私と同じように果てしない発見の余地がある。

 

どうしてロミオとジュリエットがこんなにも世界中で愛され、読み継がれ、語り継がれ、そして上演され続けているのか。その理由が何となくわかった気がする。

シェイクスピアの言葉の中には、広大な解釈の余地があり、いくら読み解いても終わりがない。

その何千通りもの一つの言葉に含まれた可能性たちのひとつ、或いはいくつかが、観客の心の奥にそっと触れる。

いくつもの方法で。

一番他人には触れられたくない部分に。

そうして触れらる心の奥底には国籍も、容姿の違いも、年齢もない。

あるのは、そういったものをすべて捨象していった先にある、純粋な人間の姿だ。

この作品は、私たちを裸にさせて、ピュアになったところにふわりと触れる力があるのだ。

 

通しが終わった後に、

私は今まで演じられてきたすべてのジュリエットを背負い、私のジュリエットはそれらすべてのジュリエットに少しずつ宿っている

という感覚があったが、たぶん上に書いたことがその感覚の根本にあるのだろうと思う。

 

だから、やるべきは、いくつもの解釈を、頭に、身体に入れていくこと。

固定概念を捨てること。

すべての可能性を受け入れること。

何も否定しないこと。

流れる水のように常に変化し続けることを受け入れること。

 

学校に入って、générosité(寛容)という言葉がよく使われているのに気づくも、「寛容ってどういうこと?」と疑問に思い続けていた。

ここにきて、少しわかる。

この、全てを受け入れるという姿勢。

それをパートナーに、そして観客に、ただただ在るがままに提示すること。

見せびらかすのでなくて。

 

金曜日、来てくれた全員に同様に、ジュリエットがどのように生き、どのように死んでいったかを伝えたいと思います。

本当に、静かに静かに、そう願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりに大きな出会い。

コンゴ出身の劇作家、演出家、俳優のディウドネ・ニアングナ(Dieudonnée Niangouna)とのスタージュ、そして私のコンセルバトワールでの最後のスタージュを5月中旬に終えました。

ディウドネとの出会いは、衝撃的で、どう言葉にすればいいのか分からない。

年度初めに、彼とのスタージュがプログラムされていることを知った私たちは、ずっとこのスタージュを楽しみにしていたのですが、4月の末にナントでも一番の客席数を誇る劇場Grand Tにて上演された彼の作品を観て、大分揺らがされました。

というのも、上演中に席を立つ観客が後を絶たず、3時間50分の上演後には900席のうちの半分近くの観客がいなくなっていたから笑

上演中に席を立つことに対して日本よりもずっと抵抗感のないここフランスだけど、こんな規模は初めて。

じゃあ、つまらなかったのかと言われてるとそうでもなく、それでは面白かったのかと言われると、ちょっとそれもよくわからない。洪水のように止まらないセリフ。まるで理解すること、ましてや話の筋についていくことさえ難しいスピードと情報量の多さに、上演後は頭がぼーっとして言葉もなかった。

「なんだこれ」感は、フランソワ・タンギの作品を観た時にも思ったけれども(詳しくはこちら→

不思議な一日。 - 踏み台における足踏みの軌跡。)、今回はそれとはまた違って、というかそれを超えて、「どうやって受け止めればいいか分からない」感満載の作品だった。

 

そんな作品をつくるディウドネ。普通の人のはずもなく笑

コンゴ戦争を経験してきたような人物(そして、現在は自国に足を踏み入れることを禁止されている)の話を聞いた後には、自分がなんと安穏と生きているのかとあほらしく感じてしまうくらい。壮絶な人生を送ってきた彼。さらに驚きなどが、ほとんど食べず、寝ず、しかし元気いっぱい。まるで40歳には見えない。

 

スタージュは翌週の月曜日の学内発表に向けての準備といくつかのエクササイズをすることで構成された。それぞれのブロックをディウドネはacte(アクト)と呼ぶ。ひとつひとつのacteが平均して1時間近く続く。それが7つ。そうです、月曜日は7時感ノンストップで発表しました笑 しかも運動量もなかなか多く、エネルギーの消費量は半端ない。

 

ディウドネとのスタージュはあまりに濃く、そして名言に溢れているので、すべてを取り上げることは出来ないのだけど、その中でも一番強く記憶に残った瞬間について書きます。

 

毎回スタージュのあとに課されていた宿題。

金曜日の宿題は、今までつくってきた7つのアクトの順番を決めること。

「おお、今日は楽だな」と思った。それまでは「その日の中で一番強い感情を通った瞬間のモノローグを書いてくること」で、基本的に二時間程度それに時間を注いでいたから、それに比べたら楽なものだった。

土曜日に、各自に自分のプランをプレゼン。ディウドネも面白そうに聞いている。さて、どれにゴーサインが出るか。

「どれもこれも自分の感覚や印象に沿っているプランだ。そのアクト内で一体何が起こっているのか、どのように始まってどのように終わるのか、読まれているテクストは何について言ってるのか、それらを考慮して論理的に数学的に組み立てなければいけない」

要するに、全部やり直し。

全部、というのは、アクトひとつひとつを思い出すところからの再出発。

実は各アクト終了後に、ディウドネは私たちにアクトの内容をしっかりメモしておくこと、と支持を出していた。

もちろんメモはしていたけど、そこまで細かくメモをしていた人など誰もおらず、結果としてみんなで月曜日からの脳と身体の記憶を頼りに、ひとつひとつのアクトで何が起こったかを確認することに。全ての確認作業が終わったら、「論理的に数学的に」組み立てるための話し合い。まるでパズルを組み立てるような作業。14時に始まって、最終的には学校も閉まって、寒空の下学校前の芝生で話し合いをつづけた。

最終的に、ランナーズハイみたいになって、大興奮の中、22時半に終了。

ディウドネに認めてもらうとか、そういうことは抜きにして、「論理的に数学的に」物事を考えていくことに、いい意味で取りつかれていたグループのエネルギーはすさまじかった。

こんなにもグループのエネルギーを感じたことは今までになくて、初めて「この人たちと一緒に演劇をしたい」と感じた。

 

月曜日の7時間の発表では、びっくりするぐらい疲れず、むしろ終わりにむかえばむかうほど元気になっていく自分がいることに気付く。

発表後は、7時間一緒に残ってくれた観客とディウドネとで踊りまくる。お祭り。

 

 スタージュをしにくるアーティストは今までも沢山いたけれど、こんなにも離れがたい気持ちになったのは初めてて、ディウドネに「悲しい悲しい、別れたくない。」と言ったら

「でも終わりがあるからいいんだよ。花は枯れるから美しいのだ。終わりがあるから物事は美しい。」

と返ってきた。ますます名残おしくなるような名言を残して笑

 

ディウドネがスタージュ中に声を荒げて私たちに言った言葉。

「君たちは演劇にどうあってほしいんだ?」

は、しばらく私の心の軸になりそう。自分がそうあってほしい方向に自分がする。待っていないで行動しろ。そして、常に遠くに、より遠くを目指していなさいと。

彼の名言はいくらでもあるのだけど、何よりもそれらが美しいのは、彼がそれらを体現しているからである。

私も、もっともっと遠くへ行きたい。

完璧に酔っぱらってるけど、ディウドネと笑

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いまの私の「離見の見」

長らく更新していませんでした。

来年フランスに残るために就活しなきゃと、いろいろな人とコンタクトを取り合って、進んだり進まなかったり。

 

色々考えたくなかったのか、やることが多すぎたのか、とにかく受験生のときのようにがちがちにスケジュールを詰めていたせいで、ここひと月、まるで生きている心地がしなかった。

脳みそが体の中にない感じで、演劇が楽しめないとかそういうレベルでなくて、まるでその場に存在していない感じが続くこと一か月。

そんなだったけれど、昨日少し先行きが見えて、驚くくらいほっとしている。

こんなにもこの件に関してストレスを感じていたのか、と本当に驚くくらい。

脳みそがないことは分かっていたけど、なぜなのかはまるで考えもしなかったのだ。

 

だからまあ、今日からは少し生きている感じ。

でも、たぶんこの泥沼にはまっているような一か月(別の案件を含めれば二か月の泥沼)を通ってよかったのかもしれない、と落ち着いて早々に思う。

 

今日も学校でみんなと話していて、つくづく自分にはテクニックと言われるものが何なのか分からないなと思った。

勿論、呼吸とか身体の使い方とか、訓練していない人にはないものがあるのは確かだ。

でも、私にとってそれはいつも儚い何かで、手放そうと思えばいつだって手放せてしまう程度のものでしかない。

「相手のセリフを受け取る」とかそういう言葉も、なんだか嘘っぽい。

なんだよその抽象的な表現は、だなんて捻くれたことを考えていた。(この死の二か月)

 

では私はこの学校で何を学んだのだろう。

そう考えたときに真っ先に思ったのは、「人間として生きていくための手段」だった。

 

完璧な人間などいないが、私は自分という不完全すぎる存在に大きな不安を感じる。

精神が非常に脆いと思う。

なにかイラっとすることがあって、それが調子の悪い時だったりすると、一瞬相手に飛び掛かるか何か投げつけようか、という衝動が体に走る。実際やったことないけど。

話すのがへたくそだ。真面目に話していても何を話したかったかよく分からなくなることがほとんど。

人の話を聞くのも苦手だ。とにかく聞けない。

どれもありふれた人間の欠点のひとつだけれども、本人にとっては大問題なのだ。

 

ただそういったことも、学校に入って演劇を「学んで」だいぶ改善された。

まず、人の話が聞けるようになった。これは言葉の問題もあるけど、喋れないからこそ人が喋っているのをよく見るようになって、人はたいてい話しすぎだということが分かった。

例えば誰かが泣いているのに対して、慰めの言葉やアドバイスなんかをしてあげているけれども、実はその人たちは、泣いている人は何か言いたそうにしているのを、しゃべっている間に見逃す。しかも、泣いている人は慰めの言葉やアドバイスが必ずしも必要としているわけでもない。大体の場合、慰める側の人は、慰めるという行為に対して少し気持ちよくなっているとさえ思う。

まあ、ざっくり言えば一方通行の関係が成り立っているのだ。

このことから、「相手のセリフを受け取る」の意味も具体的にわかってくるように思う。

相手をみろ、と。

相手を感じる、というと少し精神的に感じてしまうが、まあそれは言葉の綾というか、要するに相手をみて相手が何を望んでいるのかを見極めろということなのだろう。

相手が私とどのような関係を結びたいか。どんな距離感を望んでいるのか。

相手の身体がどんな状態で、目がどういう風に物事を語っていて、セリフがどのように発されているかをみる。

そして、それらをみるためには、私という俳優は「自分」と距離を持たなければいけないように思う。私の、相手とこうありたい、というある種の欲を捨て去らなければいけない。

世阿弥の言う「離見の見」とはこのことなのだろうか。

客席から自分の演技を見ているつもりで演じることを意味するこの言葉。

自分は、独りよがりに自分の話ばかりしていないか?相手のことをみているか?相手の話を聞いているか?それは客席から距離をもってみてみれば、分かるはずのことだ。

 

少し話はずれるが、私はヨガを二年前からほぼ毎日欠かさずにやっている。それももともとは世界のエネルギーと一体になりたいというよく意味の分からない理由からだった。深いところで、神羅万象とつながっていくというヨガのもつそのイメージが私には魅力的に思えのだ。それに、本能的に絶対に演劇に必要なものだ!と思った。

それから、夏からやっている太極拳もそうだ。空気と対話して、世界の気と共に動く。自分をなくして、他とシンクロナイズしていくその行為は演劇そのものなのだ。

学校でもダンスの授業があるけれども、たぶんこれだってそうだ。物事とつながっていくために、私はどういう身体をもてばいいのか?どういう身体が存在するのか?

 

本当の意味で他者とつながる。深いところで他者とつながる。そんな意味がこんな若造にわかるわけがないのは百も承知だ。

ただ、私はそのために演劇をやっているのだな、と思った。

 

だから、よくみんなの言うテクニックとかなんとか、あまりピンと来なくても問題はないのだ。

そういうのは私の場合、たぶん私の知らないところで勝手にくっついてくる。身に着けているときには、それはテクニックでなくて、もう私の一部になっていて、もはやテクニックなどと呼べない、それだけのことだ。

 

この一か月、演劇ってどうするんだっけ?ともはや迷子もいいところだったけど、それも当たり前か。日常生活で生きてなかったら、舞台上でも生きられないわ。

何が演劇か分からなくなったら、他人と深くつながるのだ、ということを冷静に唱えられる、そんな穏やかな精神が今は欲しい。

 

 

 

 

演劇をするってどういうこと?

Nathalie Béasseとの数か月に及ぶスタージュの締めくくりとして、ナントにあるThéâtre Universitaireというナント大学にある公共劇場での公演が22日23日にありました。

大学構内の劇場だけど、かなりしっかりしていて、舞台も広い。

久しぶりに学校外での公演で、舞台上に初めて立った時に泣きそうだった。心が震えた。カーテンコールは、圧巻だった。たぶん、この言葉が一番しっくりくる。圧巻。

 

ただ、この圧巻にたどり着くまでの道程は、なだらかではなかった。

沢山の不平の声と、涙と。あと身体の痛みと笑

その中でも、スタージュがある度に、みんながぶつかって乗り越えてきた壁を取り上げたいと思う。

 

それは、ナタリーは演出家である、という事実。

当たり前といえば当たり前なのだけれども、「学校」という場所で演劇をしている私たちにとって、そのことを把握して受け入れるのはかなりの時間と忍耐を要することだった。

 

彼女は教育者ではない。だから、「お気に入り」はあるし、「彼女の世界」があるし、「彼女にとっての普通」があるし、「彼女のリズム」がある。彼女は演出家であって、彼女はただ「演出の仕事」をしているだけなのだから。

だから、俳優である私たちはそれを理解をする必要はないにせよ、

「そういうもんだ」と受け入れてそれに合わせて「俳優の仕事」をしなければならない。

 

それでは俳優の仕事とは何だろう。

それは共に仕事をしていく演出家によって変わっていくだろうし、そもそも俳優によって変わってくるものなのではないだろうかとも思う。

そもそも定義するのは可能なのなのだろうか?

 

今回のスタージュ・公演を通して、演出家との付き合いにおいては、ひたすらに「自我を消していくこと」だなと思った。

「自我を消す」というのは必ずしも「憑依する」という意味でなくて。

このことを表現するにあたっては、フランス語ではêtre disponibleという言葉がしっくりする。

日常生活ではよく「時間があること。予定が空いていること」の意味で使うこの言葉。

これは演劇に限らず精神的なことにも言えて、「いつでも動ける状態にいる」という感じに訳せるだろうか。

そうあるためには、身体はいつでもそこにいて指示された方向に動ける必要があるし、脳みそは出された指示にあまり疑問を感じずに反応できる必要がある。

(いくらかの例外を除いて。例えば私は脱げといわれたら、真っ先に無理だと答えるだろう。必要なら脱ぐかもしれないけれど、私の中の自然な反応として、それはまず「無理」となる。それはもう個人の問題だ。私は俳優である前に一人の人間だ。そうそう、例えば今回初めて舞台上で上半身下着だけになったけど、それは「人間の身体、皮膚をみるため」なので最初こそ抵抗はあったが、まあ、やった)

 

ただ、俳優の仕事は、演出家との間にのみおいて行われるわけではない。

俳優間でのやり取りも重要だ。

たぶん、最後の二週間はこちらの問題のほうが私としては重要だった。

 

例えば私にとって、稽古中に一言も断らずにトイレに行くのは、本当に許しがたい行為である。

しかし、うちの学校ではよくある。

今回の劇場稽古でも、あるシーンを通してみたら、次のシーンを始めるはずの男の子がトイレに行ってたなんていうことがあった。

ちょっと信じられなくて「だめでしょ」と言ったら「どうしても行かなきゃいけなかったんだ。瑞季に言う権利はない」とピシャリと言われてしまった。

 

このほかにもこれに似た案件が一件。

それに関して「それは瑞季が言うことじゃない。ナタリーが言うことだ。瑞季は他の人に自分のルールを押し付けすぎる」と言われた。

 

そうなのだろうか。

公演自体は上手くいったけど、そのことばかりが頭の中でぐるぐるしている。

演出家がそれを良しとすればいいのか?そんな気がするし、そうでもない気がする。

確かに私は時としてあまりに厳格すぎて、人にプレッシャーを与えてしまうことがあるのは直していかなければいけない点だとは思っているけれども。

トイレひとつになんだぐだぐだと、と思わなくもないけれども。

私はどうしても疑問に思う。

俳優の権利はどこまで及ぶのか?

 

俳優間での個人的なアドバイスはあまり好きじゃない。じゃあお前は出来てるのかって話になるからだ。

じゃあ、何があっても隣の俳優は完全放置?自分の演技に集中するだけ?

それもなんだか違う気がする。ていうか、悲しい。

演劇ってみんなでやっていくものだし。

でも、私みたいに、自分の枠を他人に押し付ける(という印象を与えた)のも違う?

誰に嫌われても自分のやり方を通すというのもちょっと違うだろう。

ていうか、私はなんだかんだ小心者だし、まったくもって誰からも嫌われたくない。

 

自分の中のルールと折り合いをつけていくべきなだけなのだろうか。

分からない。

 

ああ、こうやって考えると演劇をするっていうのは、なんて泥臭いのだろう。

他者とどのように付き合っていくかという、日常生活でも出来そうなことを、少し場所を変えて演劇という枠組みでやっているだけではないじゃないか。

それはあながち間違っていないだろうけれども、そうとなると質問は少しかたちを変える。

 

私はどのような人間になりたいのか?どのように他者と生きていきたいのか?

 

あまり上手く生きることができないから演劇をやってるのじゃない、とも思う。

私は無意識のうちにテラピーとしての作用を演劇に求めているのだろう。

 

どのように生きていきたい?

誰と生きていきたい?

どこで生きていきたい?

 

質問は尽きない限り演劇はやめられない。それだけは確かだな。

文章を読み返してみたけど、纏まりがない。

頭の中が纏まっていないからだ。ごめんなさい。

いつも「分からない」で終わるのも、日常生活の私をみているようだ。