再演を経て、核心を見る。

生まれて初めての遠征公演というものをしてきた。

6月にあった卒業試験DET(DETに関する記事はコチラ→

ジュリエット。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

を再演するという機会を、リヨンの郊外にあるVilleurbanneという街にある劇場が、幸運にも与えてくれた。

本当に与えてくれた、という言葉がぴったりで、というのも、二年間散々学校で演劇漬けだった私たちは現在、授業なし、特に雇ってくれるカンパニーなしの状況に、ぽんっと投げ出されているのだ。空虚、とはこのことだろうか。果てしない孤独に、先週は毎日シクシクと泣いていた。

 

そんな中、救いのように、この初「ツアー」。

小さい劇場だけど、たった一日だけだけど、初めての再演を経験することになった。

 

 

さて、このツアーを通してはっきりしたことがある。

先週、思い切って書いた記事(いい俳優になりたい。 - 踏み台における足踏みの

跡。 )は、案外間違ってなかったということだ。

演劇そのものや、演劇を通して世の中に訴えていくこと、そこで起こる人間ドラマには大して興味がない。

本当に面白いのは、自分の身体を通して、観客や相手役と繋がれること。

だから、稽古や公園を通して自分がいくら成長しても、どんな苦労を経験しても、演技をすることでその繋がりが生まれなかったら、面白くない。

 

最近、私は頻繁にraconter une histoire(物語を語る)という表現を使うようになった。何が起こっているのか、その作品で自分が面白いと思った部分が何なのか、それを伝える、というごく単純なことなのだが、私はこれが出来ている舞台作品に、いったいどれくらい出合ってきたのだろう?恐らくほとんど、そんな経験はない。

そしてそういったことを俳優として経験したこともほとんどない。

 

物語を言葉で語るだけでは駄目なのだ。皮膚感覚レベルで、具体的な心象の動きとともに、他者に伝わらなければならないのだ。

勿論、他者に伝わった結果、それぞれに見える景色が違うことはよい。むしろそれが普通であり(違う人間なのだから)、それこそが素晴らしいことだ。

ただ、伝わる瞬間に奥深くで繋がる感覚というのは、やはり、あるのではないだろうか?

そんなの思い込みなんじゃないの?と自分でも随分思ってきた。

だけど、確かにそういうものはあるのだ。目に見えないけど、あるもの。

赤外線とか、気とか、微生物とか。ちょっと例がバラバラかもしれないけど。

私は、一度経験してしまったから。そういう感覚を。

それはたいそう心地よいもので、誤解を恐れずに言えば感動的なのである。

そして、私はそれを、出来ればもう一度、もう二度と感じたいのである。

 

 

そうすると「観た人がいいと言えばよし」という話ではなくなってくる。「今回は、これこれこういったことが出来るようになった」でもない。「あなたは素晴らしい俳優ね」という言葉が、終演後にあればいいわけでもない。

 

 

どうやら目指している道は長く孤独なものであるようだ。

そんなことが、今回分かったことである。

 

ついで、といっては何だが、美食の街リヨンにいながら全くもって劇場にこもって美味しくない冷たいパンとアボカドとばっかり食べていた私は、随分と不機嫌であった。

本当に、インスタント味噌汁の存在に助けられた。ジャズピアニストの上原ひろみさんもインスタント味噌汁をツアーには必ず携帯しているようなのだが、うんうんそうですよねえ、と、分かってしまう。分かってしまって少し嬉しい。

私を助けた味噌汁たち。

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いい俳優になりたい。

俳優でいるのは、もしかしたら簡単なことなのかもしれない。

フランスに残るのも、大して難しいことじゃないのかもしれない。(実際のところ、全然知らないけど)

と日本で過ごし、そしてフランスに戻ってきて三週間の今、思うのだ。

 

ただ、いい俳優である、のは別の話だ。

じゃあ、いい俳優っていうのは、何かと言われるとそんなのは人それぞれ定義が違うよ、という話になってくるのかもしれないが

それでも、いると思うのだ。

うわ、なんだこの人、ていう人が。

思い返すと、やはりいるのだ。テクニックとかそういうの以上に何かを持っている人。その演技で、こちらの心臓を抉ってくるような人。

 

努力だけでは到達できない場所がある。それを才能と私たちは呼ぶらしい。

やはり才能ある俳優というのはいるのだ。

 

そして、それになりたいと思う。

 

私は演劇自体は大して好きではない。戯曲を読むのも、劇場に行って芝居を観るのも、あまり面白いと思わない。数をこなしていくうちに、楽しみ方は分かってきたけれども、それでもまあ、進んでこれをやろう、という類には入らない。

じゃあ、何故演劇をやっているのかい、と自分自身に問うてみると、それはもう澄みに澄み切った答えが返ってくる。

演じることが面白い。生きている心地がする。

(でもこの答えをこうやって思いっきり言えるようになるまで、どれだけの年月を費やしたか…)

別に、演劇のすばらしさを、人に分かってもらいたいとかそういうことは思わない。

まあそもそも私自身がそんなにそれをすばらしい!と思っていない節があるので、それはムリだ。

でも、人が演じることで、何かその人の「本当」が出てきたりするのに、吃驚する。そういう瞬間を、凛としていて美しい、と思う。

「本当」とか言ってそんなのが嘘か本当かなんてどうやってわかるの?と言われそうだが、そんなのは説明できるものでない。と言い切ってしまうのはどうかと思うので、今のところは説明できない、と言っておこうか。

でも、そういう「本当」の一面に接すると、ヒリヒリと心が言うのだ。

心の琴線に触れる、という言葉があるが、

じゃあ、心ってどこにあるのよ?っていう問いに対して、「ここ」と答えをくれるのが、この言葉な気がする。

心の琴線に触れた、あ、私にとって、心ってここにあったんだ、と。

そうした瞬間って、とても貴重で、生きていてよかった、思わせてくれる、そんなものだと思う。

もう理屈とかそういうの超えたところにあるんだよね。

才能とかそういった類のものが理屈を超えた先にあるものみたいに。

 

ただ、才能も花開かせるためには他の要素も必要で、それは努力と運だったりする。(のであろう)

運は、知らないけれども

努力は、苦しくても泣きながらでも出来るので、しなくてはならない。それが、美しい瞬間を生みだす方法なのだと、多くの先人が示してくれているのだから。

コツコツ、地味に、ひたむきに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンと演劇を通して小世界をみた。

近所にフランス人顔負けなパン屋さんがある。

去年の夏に帰った時にフランス国旗を掲げたその小さな店舗をみかけたのだけど、なんとなく寄れずにいた。

今年になって母がそこのパンを買ってきて、食べてみると、それはもうびっくり。

フランスにだって、こんなに丁寧に作った美味しいパンは、そこら辺では食べられない。

しっかりしたフランスの伝統的なパン。

丁寧なつくりは、見た目からして明らかだし、食べればもはや疑う余地もない。美味しいのだ。

 

昨日、たまたま母とそのパン屋さんに行ったら、普段は控えめなのに時々妙に他人に踏み込むことのある母がレジカウンターのすぐ奥の厨房にいる職人さんに

「この間お話した、こちらが今フランスにいっている娘ですー!」と声をかける。すごい大胆さだ…。母は一度その職人さんと話したことがあって、その際に私の話をしたらしい。

 

「フランスのふつうのパン屋さんより美味しいですね」

と言ったら、喜んでくれた。でも、

「100人のお客さんが来たら、美味しいと思ってくれる人は5人くらいだと思いますよ」

と。

え、うそ、そんな。それはないです。こんなに美味しいのに。

いや、日本人のお客さんが好きなのはちょっと違うんですよね。

 

あ、なるほど。

ご自分の作りたいものと、日本人が好きなもののちょうどいい具合を計るのは難しいですよね、と言ったら

そう、そうなんですよ、とそれは口に出していないが、首をうんうんと縦に振っていた。

 

その会話をした瞬間に、以前購入したここのあるひとつのパンを思い出した。

そのパンは、見た目はやはり他のパン同様美しいパンで、私はその味を楽しみに包丁を入れたのだが、包丁を入れた瞬間つぶれていくパンに拍子抜けしたのだ。食べてみるとやはり、外はそれなりに硬いのだが、中はもっちりとして、水分が多く柔かなのだ。

別のパンを食べて、おおこれはそんじょそこらのフランスのパン屋で食べるパンよりいけるぞ、と思っていたのでそのやわらかさに吃驚したのと同時に「なあんだ、こんなもんか」と少しがっかりしたのを思い出した。

 

その話をパン屋さんにした上に、仕舞には「本当はもっと固く焼きたいのですよね。」と思わず言ってしまい、そう言いながら、いや生意気だろうと思ったのだけど、もうそれはそれは、染み入るように?首を縦に振っていた。

 

この夏、自分は演劇をする人間としてどうやって社会に出ていけばいいかを考えていた。

「自分がやりたいこと」と「売れるもの」の間には大なり小なり開きがある。

もっと自分勝手な言い方をすると「本当に面白いもの」と「お金がまわってくるもの(投資されるもの)」が重なることは、非常に稀だ。

私は演劇をやってお金を稼いで生きていきたいけれども、そのためには社会に、或いはある一定数の人に支持されなければいけない。そして、重要なのはそこに経済を生み出さなければいけないということだ。今の社会では、プロである、とはそういうことだ。その活動をして経済を生み出しているかどうか。厳密に言えばどうだか、一度も働いたことのない私には分からないけれども、おそらく大体のところはそんな感じだ。ムカつくけど。

 

夏の間中、ああ芸術を生業にするのって難しい、と嘆いていたけれども

それはどうやら職人の世界でもそうであるらしい。

そして、それをサラリーマンの友人に話したら、一般企業でも同じことだそうだ。

 

パン屋さんとの話は、まだ広がる。

どうやら、その職人さんが以前勤めていたパン屋さんにフランスのパン職人が研修に来たという。そこで、最初はやはり、彼らはパンの本場の国の人なので「ま、俺たちの方が上だし」という態度をとっているらしい。しかし、結局は日本の職人に教えを乞うて来たという。技術も、つくる味も、そこで働く日本人職人のものの方が上だからだ。

 

この記事の最初に書いた通り、現在フランスの普通のパン屋で食べるパンに美味しいものはあまりない。小麦は精製されまくって栄養なんてまるでないし、外はカリっと中はふんわり焼くために高熱の窯で一気に焼き上げる。しかしそうやってできたパンは実は十分に火の通っていない半生のパンなのである。

さらに、研修にやってきたフランス人職人は、日本のパン屋で売り出すパンの種類の豊富さに驚くという。日本では、様々なパンを焼かないと経営を回せない。対してフランスでは、バゲットさえ焼いていればなんとかなる。

 

自分の焼きたいパンを焼く。それも、伝統的で、本場フランス人もびっくりなパン。でも、そればかりでは売れない。だって、ここは日本で、日本人は柔らかいパンの方が好みだから。そのちょうどいいところを見つけてそれでお店を回している。

うちのバゲットは日本人には硬すぎるんですよ、とお勧めされて、まだ一度も食べたことのないそこのバゲットを購入した。確かに、皮がしっかりと硬いバゲットだった。美味しかった。

日本人の好みに合わせながら、いろいろな種類のパンを作り(といってもそんなに多いわけではない。日によって種類も変わる。私はそれが大好きだ)、そのなかできっと「ここだけは譲れない」を置く。

 

私がやっていくべきもここにあるのか。

自分のやりたいことと、人に求められることのあいだを縫って、どうにかふたつを繋げていく。

それはどうだか分からないけれども、まずは、

演劇を、芸術という、妙に神聖なものの器にのっけて、それの社会でのあり方、などともったいぶって考える必要のないことは、わかった。

演劇は芸術で神聖なものだけど、それはこの世に存在するあらゆるものと似たような悩みを持っている。

職人と芸術家はやっぱり違うけれども、似ているところだってあるのだ。

 

やはり、「アーティストとして」考えていく必要なんてないと思う。

普通の、この世界に生きるいち人間として、自分は自分のやるべきことにどう向き合っていくか、ということなのだろう。

 

こんな単純な結論で、しかも実はパン屋さんとの会話は5分にも満たなかったのだけど、嬉しくて嬉しくて、また一年頑張れるぞ、と励まされた日曜日でした。

さて、日本滞在もあと少しです。大好きな日本の秋を後にするのは寂しい。

 

 

 

 

 

あいだにいること。

日本で過ごしていると、フランスでフランス語を話して生活していた自分が嘘のように思える。

遠いあの国は、今やほぼ存在していないに等しい。なんて薄情。

フランスを一歩出れば、もうフランス的要素はわたしから抜けてしまう。すごい残念でもある。

じゃあ、日本にいる私は、日本の地に立っているかといえば、それもまた違い、漂っている。

どこにいたって漂っていることにかわりはない。

それは少し、寂しい。

 

昨日、去年も一日だけ参加したヨガ教室に行ってきた。

先生の、やわらかい在り方と、その言葉に、「ああ、フランス語やってよかったなあ」と思う。

というのも、私は日本語、フランス語、英語の三つしか知らないけれど、それぞれの言語にはそれぞれの世界があると思うのだ。

その言語でつくりだせる雰囲気がある。それは単純に、それぞれの言葉のもつ音がそうさせるのかもしれないけれども、内容も、日本語でしか話せない内容があったり、フランス語だと話しやすい内容があったりする。

昨日のヨガ教室のあのやわらかな感じは、やはり私にとっては、日本語でしか触れられない場所なのだ。これは他の言語に長期間触れてみないと分からないものであったと思う。

 

 

 

人間のからだって、触れるだけで繋がってくるらしい。

手を足で触ったらそこは繋がって、お互いに影響を及ぼす。そこに気が通る。

それは自分のでも、他者のからだでも同じで、これはよく言うことかもしれないけれども、触ることで細胞レベルで交わっていく。

私が誰かに触れば、私の気は相手に通る。

「なので、相手のからだに触るときは敬意をもって触りましょう。」

 

 

日本語で、個人的にかもしれないけれども、話しにくいことのひとつに性の話がある。

こういうことが問題だ、とか、こういうことがしてみたい、とか。そういうことって日本語でほとんど話したことがなかった。

でも、フランス人がそれが好きなのかなんなのか、フランスの友人とはよく話す。(おそらく好きなんだろう。あと、私たちが互いにあまりに開けている、というのもある)(あと、私は男の子たちのそういう話を聞くのが好きだ。面白い)

そんな彼らと一緒にいることで、私は他者のからだに触れることの大切さを思い知った。

それは、言葉でのコミュニケーションと同様に大事なこと。息をするように、大事なこと。

たぶん彼らとの交流がなかったら、ずっと軽んじていただろうこと。

 

人のからだに触るのは、すごいことだ。

以前の私は、誰かに触れるのが怖かった。

学校にはダンスの授業が週4時間あるけれども、それは飽くまで俳優のためのダンスの授業なので、主な目的は振りやテクニックを学ぶことよりも、自分のからだを解放すること、より自由に動かせるようになることにある。

授業中、時に誰かとペアを組んでからだを動かすことがあるが、一年目の私は、相手のからだに触っていく勇気も、相手に触られたいという気持ちもなかった。ていうか、むしろ触ってほしくなかった。

二年目に入って、おそらく少しずつ精神面での変化があったのだろう。

いまの私は、積極的に他人に触りたいとまで思うほどに変わった。

 

先学期、ダンスの授業でこんなことがあった、

先生とふたりで踊ったとき、

手が先生のからだに吸いついっていったのだ。

先生の手も私が触ってほしい部分に触れる。

その感覚は、とてもあたたかく柔かな膜のようなもののなかにいるような、自分がその膜そのもののような。

ちょっと勇気をだして言えば、心地よかった、のだ。

 

こんな、先生と、からだが触れて気持ち良かったです、って、やばい話に聞こえるかもしれないけれど。でも、たぶん以前の私は、こんなやばそうな話を体験していない私は、もっと他人のからだに対して乱暴であったし、自分に対しても乱暴だったと思う。

今は、自分にはからだがあって、それは他の人もそうで、そのからだっていうのは、とても尊いものなのだということが、わかるのだ。

 

でもこれって、すごい性的な話にも思えるし、全然そうじゃない気もする。

だって、やっぱりからだが通じた時って、心が通じた時のように、感動するし。

涙がでるようなこともあるし。

心と体はつながっていて、別のものであるようで、同じもので、同じものであるようで、やはり別もの。

どちらも性的であって、性的でない。

 

 

とまあ、そんな風に、少しずつ自分のからだや心を解放できるようになってきた私は、

それでも未だに自らをコントロールしていたい気持ちを放つことが苦手だ。

少しずつ理解しはじめてきて、ジュリエットを演じることではその入り口に立ったと思う。(詳細→

ジュリエットを終えた先に。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

でも、自分をコントロールの外に比較的簡単に投げ出してしまえる友人たちをみてると、何故、と思う。何故、私はこれにこんなに時間がかかるの、と。

理由は分かってる。

ただただ、自分を解き放つのが怖い。

 

それをヨガの先生に言ったらこんな答えが返ってきた。

「それぞれにそれぞれのタイミングもあるから、無理しなくていいんですよ。その時期が来ないのは、まだまだその人にとって不安や恐怖をためておく必要があったりするってこともあるから。それから、そういう風に恐怖に思ってしまう自分も、大切にしてあげるのも大事です。そういう、恐怖を背負ってしまう自分や、生まれつき背負ってきたものとか、そういうのを見つめてあげることもとても大事なことだと思います。」

 

あ、日本語で触れた境界、と思った。

追いやるんでなくて、ただそこにあることを見つめること。

怖いという気持ちは、嫌なものに感じられるかもしれないけれども、それも私を形作るひとつであって、その私の中には他にもいろいろなものが混じっていたりする。喜びとか

そう、不安や恐怖は、喜びの裏地にあったりする。

違うもののようで似ているもののような。

 

誰かのからだに触る時、何かひとつになった、という感覚があるが、

あんなものは嘘なのかもしれない。だって、ひとつになれるわけない。

いや、でも、やはり私が相手に触れると、わたしたちのからだは繋がる。細胞レベルで。という風に言われたし、なるほどそんな感覚もする。

でも、もっと細かくみていけば、実は分子と分子の間は無だから、絶対に触れることなんてできないらしいというのも、聞いたことがある。

でも、やっぱり、もしかしたら、ひとつになっているかも。分子なんて、目に見えないし。目には見えないけど、あ、ひとつになった、という感覚があるから、やっぱりひとつになったのかも。

どっちか分からないけど。

ひとつになったようで、なってない。でも、なってる。

性的なようで、性的でない。でもやっぱり性的。

不安や恐怖に感じられるけど、次の瞬間には喜びになったりする、けど怖い気持ちは続く。

どっちか分からないけど、

この、どっちつかず。この、あいだ、が大事なんじゃないかな。

そうなのかもね、っていう、可能性。そして軽やかさ。

 

だから、日本にいても浮いてるようだけど、ちゃんと日本にいるし、

フランスに戻ったら、やっぱりいつまでも外国人だけど、向こうできちんと生活できるし。

大した話じゃないんだけどね、やっぱり大したことしてるんだなあ、ってたまに思ったりしてしまう、そういう風に一年分の自分を「お前よくやったなぁ」と誉めてあげられる時間を、今はまったりと過ごしています。

ジュリエットを終えた先に。

一昨日の公演、昨日の面接を終えてDET(Diplôme d'Études Théâtrales)を無事に取得することができました。

私の学年7人全員。

嬉しかった。

 

自分のことに関して言えば、ディプロムなんかあったってなかったってどうでもいいし、(来週受けるコンクールのために必要だから、どうでもいいと言ったら嘘になるけど)一番大事なのは、ロミオとジュリエットを、この場で上演することだったので、取得したこと自体は取り立てて喜ぶことでもないけど、7人全員そろって貰えたというのが、本当に嬉しい。

嬉しすぎたのと、疲れがマックスにたまっていたのも相まって、直後に学校の外に出て、道路に向かって「7人みんな成功したぞー!」と叫んだ。そしたら、道行く人が拍手してくれた笑

 

試験は2日間にわたって行われて、1日目は朝から3分のシーンを2つ発表。私は1月にやったモノローグとチェーホフのシーンを3分バージョンにして発表。(詳細はこちら→

オーガニックな身体を手に入れる。 - 踏み台における足踏みの軌跡。

この時点で、ああ私は大丈夫だな、と思った。

今までの不安定な俳優の近藤瑞季は、もういなくなっていた。

ある日はうまく行ったり、ある日はうまく行かなかったり。そういう脆さはもう私のうちには存在していないことをしっかり感じた。

今やらなきゃいけないこと、今行くべき道が、見える。そして、歩めるだけのニ本足が、脚力がある。その道や足は、今、の私についているものだから、テクニックに欠けていたり表現が幼稚だったりするけれども、でも、大事なのは視界がはっきりしていること、そして二の足に力を感じることだ。

 

午後にクラスメイトのプロジェクトで演じて、

次の日、金曜日の12時にロミオとジュリエット。

 

実は2週間ほど前から寝つきは悪くないのに、朝どうも早くに起きてしまうようになった。どうしてだろう、DETどうでもいいとか言っておきながら緊張かな、と思っていたけれども、ここにきて何故かが分かることになる。

身体が、ジュリエットを昼の12時に演じるために少しづつ慣らしていってくれたのだ。(と思う)

当日の朝は5時に起きて、家でゆっくり1時間ヨガをして、朝は9時少し前について30分発声。これをすべてやった時には、身体はもうポカポカしていて12時にはコンディションは万全だろうと感じていた。

身体は私の予想を超えて、賢い。

 

なんていうか、奇跡みたいな時間だった。

お客さんが入ったこの作品は強い。

お客さんに教えてもらった。シェイクスピアは面白おかしく、そして悲しい。

どっと笑いが起こったかと思えば、胸を締め付けるような空気が客席と舞台を包む。

 

私のジュリエットは、宙を舞うようにロミオに恋をして、強さのうちに死んでいった。

それはもう、俳優としては喜び以外の何物でもない。

役が私のコントロールのうちに、そして時にコントロールを超えて、この世界に存在している。

ボールを思いっきり蹴ったら、ボールのほうでは勝手にバウンドして、それを私は追いかけ、つかまえてまた私の手の内に戻す。そんな感覚。

 

初めての恋をして、死ぬまでの30分。終わった瞬間は、まるで一瞬を駆け抜けたような、そして永遠を生きたような感覚だった。

 

終わってから来てくれた人との挨拶。

何人かは熱い抱擁をくれた。

瞳を見ればわかった。彼らと私のジュリエットは同じ感情を通ったのだ、ということが。

人の心に触れるというのはこのことなのだろう。

心の一番やわらかい、秘密の部分に触れることが、やっぱり俳優は出来るんだ。

 

 

終わって、昨日審査員からの講評がひとりひとりに行われた。

ちょっと色々ありすぎて、受け取る情報量も多すぎて(なんといっても40分も話してしまった)、頭がいまだにぽんやりしている。

このやり取りを通して、もっともっとgénérosité(寛容)の意味が分かった。

寛容であるとは、

自分のもっているものを、惜しみなく相手に渡すこと。

本当に、本当の意味で。見返りを求めるなんて発想さえ、そこにはない。

こう言ってしまえば、まるで辞書に載っている言葉のようにシンプルだ。

だけど、その中にいったいどれだけの愛が詰まっていることだろう。

 

学校で皆が使うdonner au public(観客に与える)という表現が嫌いだった。

そこには何か上から目線というか、与える、という自発的な意図が感じられたから。

でも、それをクラスメイトに説明するたびに首を傾げられた。やっぱりdonnerっていうでしょうって。

今回、なぜ私がその言葉に違和感を感じていたのかがわかることになる。

だって、私が感じた寛容さは、相手(観客)に向かう矢印なんて一切ないのだ。

そこに、与えるという動詞はどうしても当てはまらない。

私の理解する寛容さは、私の心をふわりと広げた先にある。

私の中心からだらだらと流れて、そこにある。

 

私がジュリエットに心を打たれたから、私はそれをそこにいる人たちと共有したのだ。

ただただ、それだけだ。

 

ここでとりあえずコンセルヴァトワールは終了。

どうして私はフランスに来たのか、どうして数あるコンセルヴァトワールのうちのナントに入ったのか、どうしてこれほどまでに辛い思いをしてきたのか、それらすべてが理解できた。

全部、全部、今日ここにいるためにそれらを通ってきたのだ。

 

先週思いっきり休もうと思っていた日曜日に見ようと思って

 

楽しみにしていたswitchインタビューの坂本龍一と福岡伸一の対談の中で、生物学者の今西錦司という人の話がでてきた。

彼は山に登るのが好きで生涯で二千近い山に登ってきたそうだ。それで、「どうして山に登るのですか?」と訊かれたことに対してこう答えたそう。

山に登ると、その頂上からしか見えない景色があって、そこに次の山が見える。だからまたその山に登りたくなるんだ、と。そういうことを繰り返しながら、直線的でなくジグザグに進んできたんだって。

 

 

いま、私の目の前には俳優の道がある。

今までだって長いと思っていたけれども、いま見える道はもっともっと、果てしなく長い。

道を少し進んだと思ったら、もっと長いことに気付いた。

山を登ったと思ったら、別の山を見つけた。

でも、その山の頂上は見えない。

怖いけれども、次の山に登りたいと思うし、それ以外を進むという選択肢が私の頭にない。もはやそうして登り続けていく、歩み続けていくことでしか私が息をしていく方法はないのではないだろうか、とも思う。

 

どうすればいいんだろうか。

どうすればいいんだろう?

答えは分かっているようで、怖気づいている自分がいる。

うん、登りますという勇気がないのだ。

でも、言ってしまえばいいだけな気もする。

 

頑張れ、頑張れ、と。お前はそれが何かを分かっているのだろう、と自分が言っている。

でも、やっぱり怖いのだ。

 

 

 

それでも、言い続けるしかない。

頑張れ、頑張れ、と。

 

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ジュリエット。

23日の金曜日に在籍している学科の卒業認定試験として、30分の企画公演を行います。

一年間かけてこつこつと準備を進めてきたプロジェクト。

学校では戯曲の中のシーンを用いて稽古などしているけれども、ひとつの役を最初から最後まで通して演じるということがないため、この公演は、30分間、一つとして生きるということに主旨があります。

 

わたしの役は、ジュリエット。

そう、ロミオとジュリエットの。

去年、一つ上の学年のプロジェクトを観ていて、自分だったら、どうするだろう、ほとんど可能性はないけれども自分がどうしても演じてみたい役はなんだろう、と考えていたときに、この役だ、と思った。

ああ、憧れの役だ、と。

 

大学受験の準備中、1時間半やったら10分休む、というふうにして猛勉強していたときの、その10分の休憩中に、ジュリエットのセリフを朗読していたことがあった。

美しい人が演じなければいけないと思っていたジュリエット。

情熱的で日本語的ではないセリフ回しでとてもじゃないけど人前で言えないと思っていたシェイクスピアの言葉たち。

フランスで、日本人の私がやったら面白いかも。ただ、単純にそう思った。

 

でも、この役は国籍なんか超える。

 

実はつい最近まで、実際の空間で稽古をする機会がなかったため、今までテクストを解読することを中心に進めてきた。

そんな、いかにもおフランスな演劇の仕方。

コンセルヴァトワールに入った時、というかちょっと前まであまり得意でなかったこの方法の重要さに、ここになって初めて気付くことになる。

 

先週、スタッフとともに二回目の通しをしたときに、私たちのロミオとジュリエットは姿をかえた。

本当に、その表現が一番しっくりくる。

今までやってきたものとまるで違う作品になったのだ。語られるものが違う、というか。

テクスト解読の積み重ねと、空間を身体が把握し始めたのと、きっと要因はいくつかある。

私が演じたジュリエットは、私がそれまで考えていたジュリエットと全く別物になった。

こうなるとは想像もしていなかったのだ。

そして、私自身に関しても、自分がこういう風に演技できるなんて考えてもみなかった。

 

私は、一回イメージをきめたら、その完成形にむかってまっしぐらに突っ走て行くタイプだけれども、それは上手くいくときもあれば、形だけの中身のないものになってしまうときもある。

中身をなくしてしまう度に紆余曲折して、具体的には苦しんだ末に一度泣くなどして笑、どうにかして役の魂を取り戻していた。(泣くのが大事なのでなくて、泣くほど苦しむことが大事。笑)

 

今回ジュリエットが教えてくれたのは、今まで私がとってきた手法、つまり役のイメージを最初から決めてしまうことのつまらなさだ

だって、登場人物たちは、私の頭で考えているのよりも、ずっと面白く魅力的で、沢山の可能性に溢れている。

私自身にも、沢山の可能性に溢れているように。どの人にも、どの役にも、私と同じように果てしない発見の余地がある。

 

どうしてロミオとジュリエットがこんなにも世界中で愛され、読み継がれ、語り継がれ、そして上演され続けているのか。その理由が何となくわかった気がする。

シェイクスピアの言葉の中には、広大な解釈の余地があり、いくら読み解いても終わりがない。

その何千通りもの一つの言葉に含まれた可能性たちのひとつ、或いはいくつかが、観客の心の奥にそっと触れる。

いくつもの方法で。

一番他人には触れられたくない部分に。

そうして触れらる心の奥底には国籍も、容姿の違いも、年齢もない。

あるのは、そういったものをすべて捨象していった先にある、純粋な人間の姿だ。

この作品は、私たちを裸にさせて、ピュアになったところにふわりと触れる力があるのだ。

 

通しが終わった後に、

私は今まで演じられてきたすべてのジュリエットを背負い、私のジュリエットはそれらすべてのジュリエットに少しずつ宿っている

という感覚があったが、たぶん上に書いたことがその感覚の根本にあるのだろうと思う。

 

だから、やるべきは、いくつもの解釈を、頭に、身体に入れていくこと。

固定概念を捨てること。

すべての可能性を受け入れること。

何も否定しないこと。

流れる水のように常に変化し続けることを受け入れること。

 

学校に入って、générosité(寛容)という言葉がよく使われているのに気づくも、「寛容ってどういうこと?」と疑問に思い続けていた。

ここにきて、少しわかる。

この、全てを受け入れるという姿勢。

それをパートナーに、そして観客に、ただただ在るがままに提示すること。

見せびらかすのでなくて。

 

金曜日、来てくれた全員に同様に、ジュリエットがどのように生き、どのように死んでいったかを伝えたいと思います。

本当に、静かに静かに、そう願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりに大きな出会い。

コンゴ出身の劇作家、演出家、俳優のディウドネ・ニアングナ(Dieudonnée Niangouna)とのスタージュ、そして私のコンセルバトワールでの最後のスタージュを5月中旬に終えました。

ディウドネとの出会いは、衝撃的で、どう言葉にすればいいのか分からない。

年度初めに、彼とのスタージュがプログラムされていることを知った私たちは、ずっとこのスタージュを楽しみにしていたのですが、4月の末にナントでも一番の客席数を誇る劇場Grand Tにて上演された彼の作品を観て、大分揺らがされました。

というのも、上演中に席を立つ観客が後を絶たず、3時間50分の上演後には900席のうちの半分近くの観客がいなくなっていたから笑

上演中に席を立つことに対して日本よりもずっと抵抗感のないここフランスだけど、こんな規模は初めて。

じゃあ、つまらなかったのかと言われてるとそうでもなく、それでは面白かったのかと言われると、ちょっとそれもよくわからない。洪水のように止まらないセリフ。まるで理解すること、ましてや話の筋についていくことさえ難しいスピードと情報量の多さに、上演後は頭がぼーっとして言葉もなかった。

「なんだこれ」感は、フランソワ・タンギの作品を観た時にも思ったけれども(詳しくはこちら→

不思議な一日。 - 踏み台における足踏みの軌跡。)、今回はそれとはまた違って、というかそれを超えて、「どうやって受け止めればいいか分からない」感満載の作品だった。

 

そんな作品をつくるディウドネ。普通の人のはずもなく笑

コンゴ戦争を経験してきたような人物(そして、現在は自国に足を踏み入れることを禁止されている)の話を聞いた後には、自分がなんと安穏と生きているのかとあほらしく感じてしまうくらい。壮絶な人生を送ってきた彼。さらに驚きなどが、ほとんど食べず、寝ず、しかし元気いっぱい。まるで40歳には見えない。

 

スタージュは翌週の月曜日の学内発表に向けての準備といくつかのエクササイズをすることで構成された。それぞれのブロックをディウドネはacte(アクト)と呼ぶ。ひとつひとつのacteが平均して1時間近く続く。それが7つ。そうです、月曜日は7時感ノンストップで発表しました笑 しかも運動量もなかなか多く、エネルギーの消費量は半端ない。

 

ディウドネとのスタージュはあまりに濃く、そして名言に溢れているので、すべてを取り上げることは出来ないのだけど、その中でも一番強く記憶に残った瞬間について書きます。

 

毎回スタージュのあとに課されていた宿題。

金曜日の宿題は、今までつくってきた7つのアクトの順番を決めること。

「おお、今日は楽だな」と思った。それまでは「その日の中で一番強い感情を通った瞬間のモノローグを書いてくること」で、基本的に二時間程度それに時間を注いでいたから、それに比べたら楽なものだった。

土曜日に、各自に自分のプランをプレゼン。ディウドネも面白そうに聞いている。さて、どれにゴーサインが出るか。

「どれもこれも自分の感覚や印象に沿っているプランだ。そのアクト内で一体何が起こっているのか、どのように始まってどのように終わるのか、読まれているテクストは何について言ってるのか、それらを考慮して論理的に数学的に組み立てなければいけない」

要するに、全部やり直し。

全部、というのは、アクトひとつひとつを思い出すところからの再出発。

実は各アクト終了後に、ディウドネは私たちにアクトの内容をしっかりメモしておくこと、と支持を出していた。

もちろんメモはしていたけど、そこまで細かくメモをしていた人など誰もおらず、結果としてみんなで月曜日からの脳と身体の記憶を頼りに、ひとつひとつのアクトで何が起こったかを確認することに。全ての確認作業が終わったら、「論理的に数学的に」組み立てるための話し合い。まるでパズルを組み立てるような作業。14時に始まって、最終的には学校も閉まって、寒空の下学校前の芝生で話し合いをつづけた。

最終的に、ランナーズハイみたいになって、大興奮の中、22時半に終了。

ディウドネに認めてもらうとか、そういうことは抜きにして、「論理的に数学的に」物事を考えていくことに、いい意味で取りつかれていたグループのエネルギーはすさまじかった。

こんなにもグループのエネルギーを感じたことは今までになくて、初めて「この人たちと一緒に演劇をしたい」と感じた。

 

月曜日の7時間の発表では、びっくりするぐらい疲れず、むしろ終わりにむかえばむかうほど元気になっていく自分がいることに気付く。

発表後は、7時間一緒に残ってくれた観客とディウドネとで踊りまくる。お祭り。

 

 スタージュをしにくるアーティストは今までも沢山いたけれど、こんなにも離れがたい気持ちになったのは初めてて、ディウドネに「悲しい悲しい、別れたくない。」と言ったら

「でも終わりがあるからいいんだよ。花は枯れるから美しいのだ。終わりがあるから物事は美しい。」

と返ってきた。ますます名残おしくなるような名言を残して笑

 

ディウドネがスタージュ中に声を荒げて私たちに言った言葉。

「君たちは演劇にどうあってほしいんだ?」

は、しばらく私の心の軸になりそう。自分がそうあってほしい方向に自分がする。待っていないで行動しろ。そして、常に遠くに、より遠くを目指していなさいと。

彼の名言はいくらでもあるのだけど、何よりもそれらが美しいのは、彼がそれらを体現しているからである。

私も、もっともっと遠くへ行きたい。

完璧に酔っぱらってるけど、ディウドネと笑

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