ラジオドキュメンタリーセミナー。

2019-2020年度の私のINSAS二年目は、3月末をもってポキッと終わってしまったのだけれど、それまででも面白いことは沢山あった。

思い返せば、このブログに足跡として残していないことが今年度いくつかあったので、今更だけど残しにいこう。(元々のブログ名は「踏み台における足踏みの軌跡 」だったことも、今思い出す。)

 

一つ目はラジオ製作の話。

演出コース二年目は、ラジオや写真など、演劇とは直接関係なく見える分野でてんこ盛りのカリキュラムだった。

ラジオ製作は、12月から1月末にかけて行われた。

お題は「ある場所のドキュメンタリー」。

それぞれに取材先を決めて、大きな録音機材を抱えて場所の取材をするという内容だ。

 

私の決めた取材先は、友人に紹介してもらった日本人の女性チェリストの家。

個人的には「日本人」というのが肝だった。

実は、去年の9月の時点でヨーロッパにわたって5年経っていたが、現地での日本人の友人がほぼ皆無だったのだ。

第一の理由はフランス語の向上のため、第二の理由は友人をつくるという心の余裕もなかったから、第三の理由は(そしてこれが一番根深い)自らの日本人コンプレックスからくるものだった。

ただ、6年目に入りなんとなく「そろそろ日本人の知り合いがいてもいいかな」と思いはじめ、そんな心境の変化の中でこの取材先を決めた。

この日本に対する拘りというのがちょっとすごくて、経緯は割愛するが、担当の先生に「これについてやるのはやめたほうがいい」と言われたときに、「何故これをやらなければいけないのか」を涙ながらに熱弁するというシーンがあったことを今更思い出す…。今思えばどうして一つの課題に泣くほどまでの熱量を注げたのか…まぁとにかくその時には、この「日本人の壁」を超えることが自分の中での絶対の目標だったのだろう。こんな風に言えるのも、私が既にそれを乗り越えたからだから、なんだけど。

 

短い取材で録れた素材をもとに、10分から20分の作品を作っていく。

これが結構楽しくて、地味な作業も、派手?に構成していく作業も、すべてに時間がかかるのだ、ということを改めて実感した。(というのも、私は何でもすぐに結果を求めたがる人間なので、地味なコツコツした作業に時間がかかることに焦りを感じてしまうから。まぁ、今は大分辛抱強くなったのだけど…!)

一連の作業すべてが面白かったけど、特に一番記憶に残っているのが、先生とのやりとりだった。自分である程度出来たものを先生に聴かせて、フィードバックを貰う。そして、「こういう雰囲気が欲しい」「こういうことを表現したい」と伝えると先生が、素材のひとつひとつをこちらが思いもしないような手法でつなげていく。

 

次の音のシークエンスにバトンを渡すために、こういう音の入り方があるのか!

 

演技でも全く同じことが言える。

相手に自分のセリフをどう渡すか。

ナントのコンセルヴァトワール時代に、私に最も鮮烈な記憶を残していった外部アーティストにコンゴ人演出家のディウドネ・ニアングナが言っていた。

「自分の緑の絵具を際立たせるために

相手の赤い絵の具を弱めるのは

物事を矮小化させる行為だ。

相手の赤を目立たせるために、自分の緑を弱めるのも同じこと。

そうではなくて、この二つとも目立つ方法を探すんだ。」

(詳細はコチラ→あまりに大きな出会い。 - KONDO MIZUKI'S BLOG

 

 

このラジオセミナー、面白かったのは私だけじゃなくて、どうやら担当の先生ブリスも大満足してくれたようだ。(ブリスは、演劇の音響をやったりラジオ番組を作ったりしている)

「これは、クリシェではないからそう聞いてほしいんだけど…。ヨーロッパの文化で育つと、あらかじめ何を伝えたいか、を考えてそれに沿ってお話を構成していくっていう作り方になるんだ。でも、ミズキは純粋に「この音が面白い」とか「ここで切ったらオーケストラっぽくなる」とか、ストーリーに関係ない「間」を作ったりとかしちゃう。できちゃう。こういう世界観があるんだって知ったよ。本当に学ぶことの多いやりとりだった。ありがとう。」

 

長い編集作業の中でブリスについて見てもらった時間なんて本当に少しだったけれど、泣いて訴えたあの日から、こんな柔らかい言葉を投げかけてもらえるようになるまで、ラジオを通じてまた新たな関係を作り出せた。それにただただ感動したのを、今も強く覚えている。

 

ありがとう、と言われて私も

「わー、今ここにいれて、この人を知れて嬉しいな、感謝だな。」

と暖かい春の陽気に妙に感傷的にナッテシマウ。

それで、

ちょっとあまりにもロマンティックかもしれないけど

この時に、ふと頭の片隅によぎった

というには優しすぎるほどの鮮明さをもって私の頭の中で響いた声があるので紹介したい。

 

「ねぇねぇ、俳優の仕事として最も尊く最も難しいことの一つである「いま・ここにいる」というのは、この「この瞬間に自分が存在することの限りない感謝」なのではなぁい?」

 

……

やっぱりちょっとロマンティック過ぎ??笑

 

 

では、もう少し甘くない話を。

実はこのラジオの課題、与えられた準備時間は少なかったり、数少ない録音キットを複数人で使いまわさなければいけなかったりと、編集作業に入る前は全然乗り気なセミナーではなかった。ていうか、早く終わってくれないかな、と周囲に愚痴っていた。

そうしてブーブー文句を言いながらも、ちゃんとやってみた。(これは私のいいところ)

そうしてとことんやってみると、見えてくるものがある。

己を世界に差し出す、すると世界は差し出した私に何かをお返しをくれる。

でも差し出さなければ、その分の経験しかできない。

当たり前のことのようだけど、大事なことだとつくづく思う。

これはもうちょっと地に足ついた話。

 

 

編集がすべて終わって、バッハの話に花を咲かせた私たち。

私がブリスに聴かせた一曲を最後に載せます。

毎朝これを聴いて自分の気分をチューニングしてたような時期があったなぁ。

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