ストラスブールに、憧れの人に、会いに。

大分時間があいてしまって、久しぶりの更新だけれども、元気にやっています。

 

昨日は、ちょうどストラスブールにある国立演劇学校の第一次審査を受けてきました。

この学校、どうやら?とてもとても人気校なようで、3年に2回ある試験ではものすごい人数が受験するみたい。

今年は1月頭から始まって、1か月近くに及ぶ第一次選考があるようです。

 

目玉はなんといっても、去年このストラスブールの国立劇場(TNS)とそこに付属している今回受験した国立演劇学校のディレクターに就任したスタニスラス・ノルデー(Stanislas Nordey)。今年は彼がやってきて初めての受験の年。

実際に何人受けているのかは知らないけれども、このノルデー効果は大きいのではいだろうか。恐らく現在のフランス演劇を語るうえで外せない人物。

私がこの人を知ったのは、Pascal Rambertという劇作家・演出家の『愛のおわり』という作品の日本上演を観て、ひどく、それはひどく感動した私に、大学の先生が「フランスではこの人が演じていたんだよ」と教えてくれたのが始まり。名前をパソコンの画面に打ち込んで(そういえばこのときは綴りもおどおどしくて、何度か打ち直したなあ、と思い出す。)、出てきた画像に衝撃を受ける。めっさイケメン!

まあ、それはいいとして笑。

 

その後、その先生から彼が演劇未経験の高校生たちを相手に演劇のアトリエをする様子を記録したドキュメンタリーのDVDをかしてもらった。

あのときは、きっと何を言っているかなんて、半分も理解できていなかっただろうけど、でも何か私が求めているものがある気がしてここでもひどく興奮した記憶がある。

今みたら、全部わかるかな。

留学先に何故フランスを選んだかっていうのは未だにうまく説明できないけど、この人の存在って実は大きかったのだろうか。

 

とにもかくにも、スタニスラス・ノルデーの前で演劇が出来るだなんて、私にとっては夢のまた夢の、考えたこともなかったようなことで、悩みに悩んだ末に、TNSを受験することにしたこと数か月前。

 

受験にあたって選んだ作品が、

ビューヒナーの『ヴォイツェック』とアルゼンチン出身の劇作家Copiの『l'homosexuel ou la difficulté de s'exprimer』(同性愛、あるいは自らを語ることの難しさ)。

日本にいるときのようながんじがらめの私だったら絶対に選ばなかったであろうCopiの作品。まさに怪物的な、でもどうしてもその中に私自身をみてしまう、そんな役を。ヴォイツェックは、日本語でやったら難しいだろうな…というシーンを選択。

Copiは、沢山たくさん悩んで、紆余曲折ののちに最高に楽しくて、でも私がやりたかったことができるようなものになった。

ヴォイツェックは、私の最大の強みであり弱みである、フランス語との闘いだった。今の私だからできることを捏ねて伸ばしてなんとか、ひとつ出口が見えるようなものになった。

 

あとは、稽古してきたことは全部、全部忘れて、この瞬間に喜びを感じ、自分のためにやること。審査員の前に、私がきちんといること。

 

本番、順番が回ってきて、試験会場に入ると、ノルデーが!

あまりにも嬉しくて、挨拶を交わしながら提出書類を渡して(無意識のうちに両手で渡してる癖が、自分の好きなところのひとつだ)、彼の「あなたは・・・?(Vous êtes...?)」に対して、1秒くらい声が出てこなくて左手で胸をパーンと叩いて「近藤瑞季です(Je suis Mizuki KONDO)。」と一生懸命声を出す。そして、永遠にも感じられるかのようなアイコンタクトで始まった。この時点で、最高。

 

発表する順番は自分で決めてよかったので、先生との作戦通り、Copiではじめる。

・・・憧れていた人に、コメディで笑ってもらえるのって、至福の極み。何よりも、私はただただ自分のためにやっていて、それなのに、目の前の人がころころ笑ってくれることの喜び。この瞬間を一生覚えておこうと思う。

 

ヴォイツェックは、いつもどおり落ち着いて、それでも俳優としての一生の課題である「常に探し続ける」ことを念頭に、きちんと、誠実にできたと思う。

 

この二つが終わった後に、指定課題としてだされていたJean-Luc Nancyの『無為の共同体』の一部を発表するように言われる。

受付で「ほとんどやるように言われないから、頼まれなくても心配しないでください。なんの意味もありませんから。頼まれたら、まあ、それはそれでよかったね、ということでね。」という何ともおかしな説明を受けたのだけど、なんとなくたぶん頼まれるだとうな、と心得ていたので、期待通りの流れで少し安心する。

想像していた通り、落ち着いて、やる。はずが、全然、落ち着いてやれなかった。

実は、この指定課題をやるために『無為の共同体』は通して二回は読んで、熟考を重ねたうえで日本語でやる、ということを選んだのだけど、やっぱり母国語でやるのは最高に難しい。

目標は、私が何を語っているのかをみんなが分かるようにやる、ことだったんだけど、母国語ではいろんなどうでもいい思考回路が開いてきてしまって、最終的にはテキストは私によって改訂されまくりになってしまった。

ああ、反省。日本語で、いつか演劇できる日がくるのだろうか。

 

さあ、ここで、まず一次審査は終わり。この結果は2月の頭に発表されて、結果によっては、4月に数日間の二次審査を受けるために、あの美しいストラスブールの街に再び舞い戻ることができる!

一緒に受けた学校のみんなは大満足で、この街に必ず住むのだ!と意気込んでいます。これが何よりの、「成功」の証。

 

演劇は、まずなによりも自分のためにやらなくてはいけない。

これができていないと、きっと観ている人を救うことはできないだろう。

自分を開いた先に、きっと何か大きな大きな救いのようなものがある気がするのだ。

それだけに、俳優の仕事は辛いのだが、これをやらずにいられないのが、私たちなのだろう、と思う。

 

大喜びのまま、みんなで夜遅くまで話まくった。

酔っぱらって酔っぱらって、なんで演劇をやらなきゃいけないのか、を語った末に大きな大きな抱擁とともに「瑞季はフランスにきて大正解だったんだよ」と言ってもらえた。

 

結果がどうであれ、私、この試験を受けられてよかった!

そうそう。その日は疲れ切っていたのに、スタニスラス・ノルデーのことを考えて1時間しか眠れないという、人生初の体験をしました笑