ある森(Una Foresta)から始まる。

長いはずの夏が、既に終わってしまったような気がする。

 

去年の夏に、ヴェネティアビエンナーレ演劇部門35歳以下の若手イタリア人演出家向けのコンペティションで優勝して(詳細はコチラ→ヴェネチアビエンナーレ2021→ヴェネチアビエンナーレ2022 - KONDO MIZUKI'S BLOG)、2022年度6月24日から7月10日まで行われる演劇部門のオープニング作品としてプログラムされた私たちの作品「Una Foresta(日本語:森)」。

12月に2週間、4月にブリュッセルのLe théâtre les Tanneursでレジデンス、そして5月最終週からヴェネチアに現地入りし5週間、計2か月半のクリエーションを経て、たった2日間だけの公演を経て、先月26日に一旦終わりを迎えた。

到着した時期のヴェネチアは、これからどんどん夏に足を踏み入れていこうとする空気で、そんな中で生活して、先月21日に夏至を迎えたので、夏が終わりに向かってしまったのかもしれないというこの感じは間違っていないのかもしれない。当初はこの街の美しさに息をのんで、水面に反射する小さな窓明かりにさえ一々歩みを止めていたような状態から、気付けば毎朝ポッドキャストを聴きながら宿泊先のアパートから劇場までの道を、ゆるゆると歩く観光客を横目に足早に歩くまでに慣れてしまった。


上記した去年のブログの第一文はこのように始まっている。

物事が重大すぎて何が起こっているか把握できない様、を表す四字熟語はないものかなと先ほどからパソコンを覗いています。そういうことを上手く言おうとしてるけど、なかなか言えない。」

と言っている一年前の私は、果たして初めて劇場に足を踏み入れてこれから作品を練り上げていくその空間を目の当たりにした瞬間を、十分の一も想像出来ていなかったのではないかと思う。ヴェネチアビエンナーレの目玉である現代美術展の一部の国のパヴィリオンが集まっているArsenale(アースナレ、造船場の意味。昔の造船場を再利用した空間)の門をくぐってから、各国の美術展の横を通り過ぎて、10分ほど歩いたところにあった私たちの劇場。劇場に辿り着くまでのその道程さえ、何か物語が始まりそうな特別な感じをもたらした。そうして辿り着いた劇場は、ヴェネティアに幾百とあるうちの運河でも、大きく広がっているひとつを正面にしてあった。

 

先に到着して仕込み作業を始めていた演出家とドラマトゥルク以外の俳優4人、絶句。誰もこんなこと想像できなかった。

 

過去に造船所として使われたであろうその空間は、壁はむき出しのレンガ、天井は高く、木造の構造が見えるようになっている。見た目の問題ではない、その場が醸し出すエネルギーの圧倒的な美しさがあった。この場所にずっとあったのだという重み。同時に、決して強固な自我を持っているわけではない、劇場として変容されることを受け入れるような寛容さ。フランス語で劇場という単語は男性形だけど、この劇場Tese dei Soppalchiは女性だな、と直感的に感じる。



仕込み中。



稽古の日々は楽しくて堪らなかった。
この感覚を描写するのに私にもう少し言葉の力があったら、と思う。今の拙い手持ちの言葉で表すならば、本当に素晴らしい時間を過ごした、だ。非常に恵まれた環境といい雰囲気の中でクリエーションが進んだ。ほとんどの時間を冗談を言って笑っていたけれど、時には立ち止まって考えて、涙するようなこともあり、作品を作るという目的を超えて、演劇的模索・思索の時間を自分たちに与えられたことを誇りに思う。腹を割って話し合えたこと。イタリアでの演劇の機能の仕方とベルギーのそれとに戸惑ったこと。そこから学んだこと。稽古が終わっても、バーでみんなでずっと話していたこと。作品のこと、全然関係のないこと。

 

昨年からビエンナーレの演劇部門のディレクションを執るRicci/Forte(リッチ/フォルテ)(演出家のStefano Ricci(ステファーノ・リッチ)とドラマトゥルクのGianni Forte(ジャーニ・フォルテ)のデュオ)が頻繁に劇場に足を運んで、稽古の様子を見てくれたのも、貴重な経験だった。というのも、このコンペティションで選ばれたということは、ビエンナーレが制作につき、全面的にフォローしてもらえるということであり、このイタリア演劇界でキャリアを積んできた二人のアーティストからの芸術的な視点のサポートがあるということでもある。いつも優しい視線でこの作品の大ファンであることを隠さないジャーニと、その対極に非情に厳しい視線で稽古を見つめるステファーノの存在は、俳優チームを大きく動揺させた。正確に言うと、私以外の3人の。私は、何故だろうか、一見間違えればマフィアなのではないかくらいの強面のステファーノのその奥に、愛が沢山詰まっていることを感じずにいられなかったのだ。

 

色んな刺激を受けながら、稽古にはいい意味で決して慣れることはなかった。

毎日違う自分がいて、毎日違う目の前の人がいて、その自分から、他者と作品を作り上げていくということの、不思議な感じ。確かに激しい渦のなかにいるんだけど、そこから精査して選び取って、とりあえず表現して、他の人のそれと合わせてどんな化学反応が起こるかをウキウキして見ていく。

今まで演劇は大まじめなものとして向き合ってきたし、それは今でもそうで神聖なものだと思うのだけど、この軽やかさで向き合っていく楽しさを知ってしまった。

こうやって弾けるように、ぴょんぴょん飛んでいたって、いつでも自分の奥底にある演じたいという深い喜びと繋がれる。

ステファーノの厳しい表面のその奥底に深い世界への愛が感じ取れたのと同様、自分自身の深い部分はどんな時も強く感じられた。

 

 

長い長い学生生活が終わろうとしている私の人生の節目において(これが終わってから6月末に卒論提出して、9月に口頭試問があるのでまだ正式には卒業してないけれど…!)、あれほどまでに渇望した「舞台に立つこと」が、こんな風に実現していることに、ある朝劇場までの道を歩いている時に気付くことがあった。

 

道中にある別の劇場からはダンサーのバーレッスンの音楽と指導者の勢いのいい声が聞こえる。そこかしこにある緑はイタリアの太陽に応えるかのように生き生きとしている。

 

そんな中で、ふと聞こえてきた声。

「3歳からの夢が叶ってる…!」

 

それからしばらく、この声がからだの中でこだまして鳴りやむことはなかったけれど、そっか、こういうことがあるのね、と感動しつつ、その感動に圧倒されることなく、それこそ軽やかに胸の内に広がる輝きを受け止めていった。

 

 

あんなに沢山の観客の前で演じたのは初めてだった。そのことに感動したかというと、まだまだ未熟で、感じてそれを演技に返すというところまで至らなかった。2回では足りないということだ。観客との出会いを通してもっともっとこの作品を成長させなければと思う。沢山笑わせて、同時に泣きそうになって、何でそんな風な感覚になるのか分からない、と多くの人に感じさせるというこの作品。可能な限りより多くの人に届けたい。

 

 

去年の12月から、卒業製作の自分の演出プロジェクト、卒論(の執筆は、ヴェネチア滞在中も続けていた)、そしてUna forestaのクリエーションと怒涛の日々であった。

そんな時間もなんだかんだ軽やかに生きてきたのは、楽々にくぐり抜けてこられたからではなく、今までの時間の積み重ねがあったからである。

卒論の謝辞で、各方面に感謝している中にこっそり忍ばせた一文がある。

「私の今までの涙と、ユーモアのセンスに感謝します」

あの日々の涙があったから。冗談言って笑うのが好きだから。読むのが好きだから。人が好きだから。悔しい思いがあったから。一人の時間が好きだから。とんでもなく感動する作品に出合えたから。信頼できる人たちに会えたから。むかつく人に会ってきたから。好きなワンピースをもってるから。ヨガが好きだから。からだが多くを教えてくれるから。私の知る由もない歴史が私の中に流れているから。

 

そしてそれは、これからも続いていく。

 

INSASも9月の口頭試問を終えたら無事に卒業です。長い長い準備の時間でした。

先日、学校の先生のステファンに「私、もうずっと前から準備出来てたのに、プロの世界を怖がってただけなのかもしれない」と神妙そうに言ったら、

「機が熟すのを待ってただけなんじゃない。今みずきは、しっかり熟して刈り取ってもいいっていうことなんだよ」と返ってきた。

ひえーそうなのかもしれないね、と学校のホールを覆うような笑い声を出したのは、他でもないこの私なのだった。



イタリアのテレビ局に出演中のオルモ(演出家)のインタビュー、少しだけ本番の舞台の様子が見られる動画です。

 

www.youtube.com